伝統の技を現代へとひらく、江戸提灯の店
「江戸手描提灯」は、かつては夜を照らす灯りとして使われ、やがて祭りや舞台、店先を彩る文化の象徴へと姿を変えてきました。南千住に店を構える『泪橋大嶋屋提灯店』は、伝統的な手描きの技を4代にわたり受け継ぐ老舗。職人の手で一つひとつ描かれる文字や家紋には、印刷では表せない力強さと個性が宿ります。さらに近年は、現代の暮らしに寄り添うプロダクトや体験を通じて、その魅力を広く発信しています。
東京の下町・南千住に店を構える『泪橋大嶋屋提灯店』は、伝統的な江戸提灯の手描きの技を4代にわたり受け継ぐ老舗です。
そもそも「提灯」とは、ろうそくの火を風から守るために竹ひご等で組んだ骨に和紙を貼り付けた「火袋」を備えた照明器具のこと。ルーツとなる「行燈」は中国から伝わったとされていますが、折りたたんで携帯できるようにしたのは日本独自の技術です。懐に入れて持ち運べる利便性から、夜間の移動や外出時の必需品として発展しました。
その歴史は古く、16世紀初めの室町時代の文献にもその名が登場します。江戸時代に入り和ろうそくの生産が広がると、提灯は庶民の暮らしに広く普及。浅草を中心に、火袋に文字や家紋を描き入れる職人が多く現れるようになりました。
『泪橋大嶋屋提灯店』が継承している「江戸手描提灯」は、火袋に家紋や「江戸文字」という文字を書いた提灯のこと。中から灯りが照らされることで文字や絵がぼやけて見えてしまうため、線を太く、隙間を少なくして描くなど、遠くからでもはっきりと視認できるよう工夫されているのが特徴です。現在、東京都の伝統工芸品にも認定されています。
「大嶋屋」の屋号の歴史は、江戸時代・宝暦年間にまで遡ります。本家の大嶋屋は戦災で途絶えてしまったものの、暖簾分けによってその名は各地に残されました。『泪橋大嶋屋提灯店』の始まりは1913年。初代・村田芳造氏が本家から暖簾分けを受けて独立し、現在は3代目・村田修一さんを師匠としながら、息子である4代目・健一郎さんが技を磨いています。
店内では3代目の修一さん、4代目の健一郎さんが木床の上に座り、黙々と描き作業を行なっています。
『泪橋大嶋屋提灯店』は、浅草の三社祭をはじめとする祭礼用の提灯をはじめ、歌舞伎の舞台で小道具として使われる提灯、番傘なども手がけ、日本の情緒を支えてきました。
商売繁盛を願う祭りとして知られる、浅草・長國寺の「酉の市」。境内を彩る提灯は、『泪橋大嶋屋提灯店』が手がけています。
今は個人オーダーも受け付けており、祝い事や贈答品など幅広い需要に対応。さらに予約制で手描き体験も行うなど、伝統の技を一般の人にもひらいているお店です。
「江戸文字」は、均一な印象になりやすい印刷の文字と違い、描く店や職人によって個性が異なるもの。村田さん親子が描く文字は、とりわけ滑らかで力強く、遠くから見ても覇気を感じられるのが特徴です。健一郎さんは父・修一さんの描く文字を見ながら10年にわたり技を磨き、今では一人で描き上げ、完成品として納められるまでになりました。
4代目の健一郎さんが家業を継ぐ決意をしたのは高校生のころ。江戸提灯という伝統工芸を次の世代へ残したい——そんな思いから、卒業後に区の職人育成事業を利用し、父の修一さんに師事したといいます。描き手になるための修業は厳しく、初めは紙に家紋を描く練習を繰り返します。凹凸のある提灯に家紋を描けるようになるまで約3年。その後ようやく「江戸文字」の修練に入るのだとか。
4代目の健一郎さんは特に若い世代に向けて江戸提灯の魅力を広めるため、ホームページやSNSを立ち上げ、観光客向けのワークショップを始めました。その中で生まれたのが「OTO CHOCHIN」という新しいデザインの提灯。照明アプリを起動したスマートフォンを中に入れることで、どこでも手軽に提灯の灯りを楽しめるプロダクトです。さらに木製パーツに音が反響し、スピーカーのように使えるのも特徴。金銀を基調にしたデザインや、音楽にまつわる家紋のようなロゴも印象的で、伝統工芸の美しさを現代的に味わえます。
「OTO CHOCHIN」は、健一郎さんが東京の職人とデザイナーが約1年かけて商品開発を行う「東京手仕事プロジェクト」に参加し、プロダクトデザイナーの川田敏之氏とともに考案。マンション暮らしの若い世代や西洋のインテリアにもなじむよう、コンパクトでモダンなデザインの提灯を目指したといいます。
描ける絵柄は全部で7種類。木枠は黒とナチュラルから選べます。
さらにこの「OTO CHOCHIN」、お店のホームページから事前予約すれば、約2時間をかけた制作体験も可能。手描きの難しさや奥深さに触れながら、伝統文化を現代の旅の思い出として持ち帰る、そんな粋な体験を、ぜひ味わってみてください。
この記事の内容は2026年06月12日(公開時)の情報です


