都築響一がつくる東京アンダー文化の博物館
2022年に東京の下町にオープンして以来、独自の展示と空間演出で注目を集めている『大道芸術館(museum of roadside art)』。路傍の編集人・都築響一がキュレーションを手がけるこの館には、昭和の空気をまとった看板や雑貨から、大胆な表現のアート作品まで、時代もジャンルも異なる品々が所狭しと並び、一歩足を踏み入れると、ネオとレトロが交錯する摩訶不思議な世界に引き込まれます。
レトロとネオが入り混じった異空間『大道芸術館』。その博物館があるのは、粋な浅草から隅田川を渡った“川向こう”。東京スカイツリーがそびえ立つ押上駅から徒歩15分、のんびりした東京下町に「向島(むこうじま)」という地域です。
向島は江戸時代より料亭が連なり、花街として栄えてきた地域です。関東大震災後は、工場地帯として発展していったことから中小工場で働く人々が、向島の料亭をサポートしてきたとも言われています。
また向島と東向島の境界線にはかつて「鳩の街」と呼ばれていた歓楽街がありました。この街を舞台に、作家・永井荷風が戯曲『春情鳩の街』を書き、その作品は映画化されています。現在の向島は、地元愛のある人々が住む閑静な住宅街。しかし今もなお、芸妓のいる料亭が数軒あり、花街として栄えています。『大道芸術館』はその花街にあり、もともと料亭だった建物を利用して、2022年10月に博物館としてオープンしました。
この博物館をキューレーションするのは、70年代より活躍する編集者、写真家、ジャーナリストとして活躍してきた都築響一氏。館内には、都築氏が長年かけて集めてきたさまざまなアートやものが、文化を紹介するように展示されています。秘宝館や見世物小屋などの絶滅間近の消えゆく「大衆アート」から、チープアート、路傍のアート、エロスを文化として捉え、レトロとネオが入り混じった空間が、3階建ての建物の中に広がっています。
入り口ののれんをくぐりチャイムを押すと、学芸員(スタッフ)が扉を開けてくれます。そこで出迎えるのは、秘宝館「SF未来館」からやってきたユニークな立体オブジェの“タマゴさん”。そしてもうひとつ、写真家・やなぎみわの作品「エレベーター・ガール」もならびます。建物は元料亭だったため、エントランスでは靴を脱いでスリッパに履き替え館内へ入ります。
最初に通されるのは、1FにあるキャバレースタイルのVIPルーム。真っ赤なベルベットと柄が入った布の壁が目を引く空間です。奥には蝋プロダクションを営む蝋人形師、松崎覚さんが手がけた“大トロさん”と呼ばれる迫力の姉御蝋人形が、迫力たっぷりに鎮座しています。
壁には、70年代に制作された「ベルベットペインティング」と呼ばれるアメリカのチープアートを代表した絵画が展示。そして、ガラステーブルの中には日本のメーカー・オリエント工業が一体ずつ制作している「ラブ・ドール」が横たわっています。「ラブ・ドール」とは、精巧な人形として世界的にも知られる、日本独自のサブカルチャーを象徴する存在です。
赤いベルベットに包まれたVIPルーム。昭和キャバレーの雰囲気を再現した展示空間になっています。
2階へ上がる階段には、三重県伊勢市にかつて存在していた「国際秘宝館」の人気キャラクター“秘宝おじさん”が、こちらへどうぞとばかりにスタンバイしています。階段にはロッキン・ジェリー・ビーン、大竹伸朗、水野純子、花代など、さまざまなアーティストたちの作品が展示されています。アイデアに満ち溢れた魅力のあるアート作品の数々に、気持ちが和らいでいくことを感じます。
2階に到着しレースのカーテンをくぐると、バー「茶と酒わかめ」へ。オリエント工業が制作したラブ・ドールたちがズラッと雛壇に並んだ光景に遭遇する。メイド・イン・ジャパン技術が生み出した精巧な人形が、来訪者を迎えます。バーの背後には約70年前に絵師の志村静峰が描いた圧巻の見世物小屋のバナーが展示され、その空間に最初は驚いてしまうでしょう。
バーのテーブルには「ピンク映画」と呼ばれる50~60年代の映画のポスターが陳列し、昔懐かしいテレビデオではVHSをメインに昭和のポルノ映画が流れています。ショーケースの中には恐竜模型制作で有名な荒木一成さんによる「春画人形」のコレクションが展示されています。館内のあちらこちらに作品が展示されているので、バーでドリンクを楽しみながらゆっくり時間を過ごすことで、より一層、博物館の魅力を知ることができます。
ドリンクメニューには、“Mon De Nome(揉んで呑む)”と呼ばれるお客さん参加型のメニューをはじめ、オリジナルカクテルなどのスペシャルメニュー、ノンアルコールカクテル、ソフトドリンクがあります。
「秘宝館」とは、 1970年代あたりから、2000年代半ばにかけて大人気を呼んだ、エロティシズムをテーマにした大衆向けのアダルト博物館(18禁)のことです。その秘宝館が残した軌跡を今の時代に伝えようと、3階には、かつて三重県鳥羽市にあった“エロ宇宙SF未来度”をテーマにした秘宝館「SF未来館」を再現した展示があります。長期に渡り全国の秘宝館を取材してきた都築氏が、この施設が閉館した際、秘宝館の文化を後世に伝えたいと展示されていた人形を買取りました。そして約20年間の月日を経て、小さいながらもついに展示が実現しました。
別の個室には2体の蝋人形や、思わず笑えてしまうガーナの映画のポスターが展示されています。化粧室にもさまざまな作品が展示され、女性トイレは昭和キャバレーダンサーたちの写真が並ぶ小さなギャラリーのよう。思わず長居してしまう空間になっています。
3階から屋上にかけての階段にも作品が展示されており、中でも昭和のヒーロー「月光仮面」が描かれた色鮮やかな見世物小屋のバナーは圧巻です。その他、谷岡ヤスジが手がけたシルクスクリーンや、都築氏が見出した無名アーティストの絵画を観ることができます。チルできる屋上からは、東京スカイツリーや空の広い向島の光景を一望できます。
2階のブックコーナーには、都築氏がこれまでに手がけた作品集が置いてあります。閲覧自由なので、バーを利用して手にとって席で観ることもできます。主な作品に『ROAD SIDE USA』『TOKYO STYLE』『Happy Victims 着倒れ方丈記』、『HELL 地獄の歩き方』『珍世界紀行』など多数、また都築氏が編集を手がけた世界中のアーティストたちの作品を紹介した55冊の作品集『ARTANDOM』も置いてあります。
これらの本や作品集を通して、独自の視点で文化を深掘りする都築氏を知ることができるだけでなく、ページをめくることで『大道芸術館』の展示をより一層楽しめるはずです。
エントランス付近には、お土産コーナーがあり、オリジナルグッズをはじめ、アーティストと『大道芸術館』によるコラボレーションアイテム、都築氏が編集を手がけた作品集や書籍、「おかんアート」と呼ばれる全国のおかん(母)が作った手芸品なども販売しています。都築氏が紹介する展示作品の詳細がわかる『図録』(日本語・英語・中国語)は必須。オリジナルのガチャガチャも人気です。
そして『大道芸術館』では不定期にイベントも開催。都築氏がセレクトする映画鑑賞会「金曜ロードショー」や、月イチでコスプレ声ちゃんが主催するDJパーティ「夜のメカニズム」、その他トークショー、演劇など、博物館を利用したさまざまなイベントも不定期に開催。アート観覧だけでなく、体験型の楽しみも提供しているのも、この場所の魅力です。
『大道芸術館』の女将、今田篤子さんよりメッセージをいただきました。
「今のご時世では、エロに関する発言はNGだったり、制限も強化されていますが、その状況を窮屈だと感じている人たちも多いのではないでしょうか。『大道芸術館』がオープンした2022年はコロナが少し収束した時期でした。コロナ禍でSNSがさらに広がり、みんなが携帯で情報を得る時代になった。そんなタイミングでこの場所がオープンしたことが面白いなと個人的に思っていました。入り口のピンポンを押すのだけが少しハードルが高いですが、押してしまえばその後のハードルは低いので安心してください(笑)」(今田)
『大道芸術館』の女将・今田篤子さん。来館者を迎え、展示の背景や文化について丁寧に説明してくれます。
この記事の内容は2026年04月21日(公開時)の情報です

