2026.04.22
80年代より編集人、ジャーナリスト、写真家として活躍する都築響一さん。90年代に発表された写真集『TOKYO STYLE』は、東京に暮らす人々の何気ない日常を切り取った一冊として、海外からの評価も高く、多くの読者を惹きつけています。「僕がずっと追いかけているのはメジャーではなく、マジョリティなもの」という都築さんが見た、東京の街とは。
80年代より編集人、ジャーナリスト、写真家として活躍する都築響一さん。90年代に発表された写真集『TOKYO STYLE』は、東京に暮らす人々の何気ない日常を切り取った一冊として、海外からの評価も高く、いまもなお多くの読者を惹きつけています。そんな都築さん自身は、中央区麹町生まれ。皇居や国会議事堂にも近く、今ではオフィス街となっているエリア。そんな大都会の中心から、東京の街をどのように見てきたのでしょうか。
都築響一さんがキューレーションする博物館「大道芸術館」にて撮影。
都築響一(以下、都築)
東京というのは、一つの大都市というより、小さな街がいくつも点在しているような場所だと思うんです。だから、世田谷区に住む人は、足立区方面にはあまり行かないだろうし、その逆もまた然りで、自分のいるエリアだけで生活が完結している人が多いんじゃないでしょうか。メジャーかアンダーグラウンドかといった区別は、あまり関係がない気がするんですよ。東京23区すべてを回ったことがある人のほうが少ないくらいだし、実は東京のことをよく知らない人はたくさんいると思います。
だからこそ、都築さんが面白いと思ってきた地域や場所は「永遠にない」のだとか。
東京下町、向島は閑静な住宅街の中に、現在も料亭が残る花街である。
都築
常に移り変わりがあるし、本当にどんどん変わっていきますから。東京というのは、家賃とともに変わっていく街だと思うんです。家賃が安い場所には、アイデアはあるけれどお金はない、という人たちが集まってくる。新しい店をやりたいと思っても、たとえば今なら表参道は家賃が高くて難しいから向島へ行く、というように。
浅草から隅田川の対岸にある墨田区。歴史のある地域だが、なんだかホッとするラフさがある。
都築
これは世界中で共通していることですが、家賃の低い場所にアイデアが流れ込み、やがてそこからお金が生まれるようになると、人も場所もまた別のところへ移っていく、という流れがあるんですよね。「ここがオシャレだ」と言い続けていると、気づかないうちに感覚が鈍って、ズレてしまうこともある。だからこそ面白いものを知りたければ、一つの場所にとどまらず、いろいろな場所を見て回るのが楽しいんじゃないかと思います。
80年代には雑誌編集者として、アートを軸に国内外の文化に目を向けてきた都築さんですが、写真家として活動するようになった90年代初頭に、東京の若者たちの部屋を撮影した写真集『TOKYO STYLE』を出版。決して富裕層ではない、リアルな「生活拠点」を写真にした背景には、「ある違和感」がありました。
都築響一さんが90年代初期に手がけた『TOKYO STYLE』は世界でも人気で、2024年に出版社apartamentoが豪華版で再リリースをした。
都築
その頃、アメリカの出版社が「パリ・スタイル」とか「サンタフェ・スタイル」など、〇〇スタイルというシリーズをヒットさせていたんです。それと同じ感じで、東京や大阪、京都にあるきれいでおしゃれな家を格好よく紹介する『JAPANESE STYLE』という本を出すことになり、僕はロケーション探しを手伝ったんですが、やっているうちに、「これを『スタイル』って呼ぶのはおかしいな」と思ったんです。
そこで、同じ装丁で、貧乏人の部屋ばかりを集めた東京版を作って、人をちょっと騙すようなことをやりたいな、と思ったんですよ(笑)。間違えて買ってしまった、みたいな。
都築
多くの人たちが誰々建築のマンションとか、茶室のある家とかに住んでるわけではないし、だからマジョリティはこちらにある。部屋が狭い方が家賃も安いし、部屋の中で手を伸ばせばどこでも届く。飲み屋から這って帰れるし、家賃は3万円くらいだから、週に2~3回バイトすれば生活できるんです。彼らはバイト以外の時間に絵を描いたり、音楽をやったり、好きなことができるから気楽なんですよ。
僕はそういう生活をしている若い人たちに出会って、「こういう生き方もあるんだな」と思いました。最小限の居場所があって、街中に好きな本屋やカフェ、喫茶店や飲み屋があれば、それでいい。街を自分の狭い部屋のエクステンションとして使えるのが、東京のいいところですから。
さらにこの作品は、バブル期という特殊な時代背景とも重なっています。
都築
その頃、欧米の主要都市は経済的に落ち込んでいて、あまり良い状況ではなかった。一方で日本はバブルでお金があったし、デザインに対する規制も緩やかだったから、建築なんかはやりたい放題。ゾーニング(区分け)もあまり厳しくなかった分、お金のかかるプロジェクトもどんどん実現できた時期だったんですね。ただ、その一方で、『TOKYO STYLE』に登場している人たちは、そうしたバブルとは無縁のところにいて、家賃5万円くらいのアパートに普通に住んでいた。大きく儲けたり、逆に大きく失ったりする人たちがいるすぐそばで、家賃3万円や5万円の部屋にずっと住みながら、「何も変わりませんよ」と言っている人たちがいたんです。その両方が同じ街の中で隣り合って存在しているということを面白く感じたんです。
都築
今でも高層ビルの合間に木造の古い家が残っていますけど、それはニューヨークやロンドン、パリではなかなか見られない光景だと思います。欧米の大都市だと、富裕層が住むエリアと、そうでない人たちのエリアがはっきり分かれていて、それぞれに街のキャラクターがある。でも東京は全体的にそういう区分が曖昧だからか、ごちゃごちゃと混ざり合っているんですよね。誰が裕福で誰がそうでないのかが一見して分かりにくいところも、東京の良さであり、面白さなんじゃないかと思います。
東京のマジョリティな生活を写し出した『TOKYO STYLE』。海外からの評価も高く、多くの読者を惹きつけ続けているのは、東京がいまも「ごちゃまぜ」感を保ち続けているからなのです。
都築さんが、2022年からキュレーションしているのが『大道芸術館』です。向島という、地元の人々が暮らす静かな街にひっそりと佇んでいるにも関わらず、世界中から人々が訪れています。
都築
『大道芸術館』に関しては、もともとは「秘宝館のガチャガチャを作りたいよね」と話していたんです。ちょうどコロナの時期で、吉原のソープランド一棟とか、いわゆる“面白物件”がいろいろ空いていて。それで「せっかくだから見に行こう」と、何軒か回ったんです。そうしたら、ここが空いていて、しかも家賃も安かった。それで「やっちゃおうか!」という流れになって。僕のところに秘宝館のセットもあったので、「それを眺めながら飲める場所にしよう、それでいいんじゃない?」みたいな感じで(笑)
「秘宝館」とは、大人向けのエロティックな展示をテーマにした娯楽施設のこと。もともとは観光地(特に温泉地)に多く、昭和時代に人気があった、日本の文化です。
都築
秘宝館って、基本的には団体旅行が流行っていた時代のものなんですよね。いわゆる“エロ”の施設ではあるんですけど、男性だけが行く場所というわけでもなくて、むしろ女性のほうが長居して、みんなでキャーキャー言いながら楽しんで、最後に手ぬぐいを買って帰る……そんなロードサイド・アトラクションだったんです。だんだん時代にそぐわなくなって。全国の秘宝館が閉館。無理に残すべきだとは思わないんですけど、「記録」としては残しておいたほうがいいんじゃないかな、と思っていたんです。
『大道芸術館』には、日本の昭和時代のエロティック文化の「記録」が多いのも、実は「東京」だからこそ、できること。欧米では、セクシュアルなものや暴力的なものに対する規制がとても厳しく、「よくこんなことをやっているね」と言われることも多いのだとか。
都築
他の大都市だと本当に規制が厳しくて、うちのような場所は公にはできないと思います。ただ、成人映画のポスターなど、デザインが面白くて買い集めた本や、飾ってある美術品は、僕が取材の際に購入したものや、取材をさせてもらいたくて手に入れたものばかりなんです。秘宝館の資料についても、いずれは郷土資料館や国立民俗学博物館のような場所に引き取ってもらえたらと考えていたんですけど、なかなかそうもいかなくて。見世物小屋の看板も、処分されるという話を聞いて、うちで引き取っただけなんです。だから結果的に数が増えてしまっただけで、いわゆる“エロ”ではないものもたくさんありますから。
「僕がずっと追いかけているのはメジャーではなく、マジョリティなもの」という都築さん。それは「DEEP」なものとは、また違います。
都築
僕は、マジョリティを表現したいので、「DEEPが何か」なんて考えたことがないんです。
僕が何かを作るときに絶対にやらないことが二つあります。一つは企画書を作らないこと。今まで一つも作ったことがありません(笑)。だから編集会議なんて、絶対にしてはいけないんです。みんなでアイディアを出し合って「これがいいね」となるのは、必ず前例がありますから。「今、ここがキテますよ」と言って、写真などで例を挙げた時点で、もう二番煎じなんです。だから、市場調査もしない。したら終わりです。
たとえば新しい雑誌を作ろうとして、「読者層は30代前半の働く女性で、年収はこれくらい…」と考えた瞬間に終わりです。『大道芸術館』にも、男女問わず20歳から80歳の人が来ますよね。だから、マーケティングには説得力がない。みんな、何を好むかは一人ひとり違うんですから。ただ、作り手の思いだけでやると、世間的には少数派のものしか生まれません。だから「ウィアード(Weird=変)」って言われるんです(笑)
メジャーではなく、マジョリティなものの実践としての『TOKYO STYLE』や『大道芸術館』。この「面白いもの」の作り方を若い人に、コピーしてほしいいう都築さん。
面白いと思ったことがあると、今でも世界中に足を運んで取材をしている都築さん。
都築
ルーヴル・アブダビのように、『大道芸術館』の分館を作れたらいいなとは思っています。また、また、こうした場所を若い人たちがどんどん生み出していけたらいいとも感じています。
ただ、話題にはしてくれるんですけど、実際にコピーしようという人はなかなか現れないんですよね。『TOKYO STYLE』を作ったときも、「誰か追いかけてくれたらいいのに」と思っていたんですが、結局現れなくて。
格好いい店を作ろうとして、ウォーホルやバスキアの作品を置いておけば誰も文句は言わない。でも、秘宝館のようなものになると、好きになってくれる人もいる一方で、反発も出てくる。「自分たちは知的じゃないと思われるんじゃないか」という怖さがあるんですよ。特にSNSの時代ではなおさら。だから、悪評すら力に変えていけないと、面白いものは生まれてこないと思うんですよね……本当に。
都築さんが見てきたのは、特別な場所でも、選ばれた人たちの生活でもありません。メジャーよりも、あくまでマジョリティ。世界の人が惹かれるのは、その視点にあります。都築さんが見ていたのは、整理された大都会としての東京ではなく、「ごちゃまぜ」状態のまま、常に変わっていく東京の姿。そしてその中にこそ、まだ見えていない“東京の面白さ”が潜んでいるのではないでしょうか。
1956年、東京都生まれ。作家、編集者、ジャーナリスト、写真家。80年代より「POPEYE」「BRUTUS」などの雑誌編集者として活躍。1998年、『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(筑摩書房)でカメラマンとして第23回木村伊兵衛写真賞を受賞。独自の視点で、世界各国のアウトサイドに属するアート、ファッション、民俗などを幅広く紹介し続けている。代表的な作品集に『TOKYO STYLE』『珍日本紀行』『着倒れ方丈記』『ラブホテル』などがある。2012年よりWEBメディア「ROADSIDER’s weekly」を配信中。2022年より『大道芸術館』のキュレーションを務める。




