ひとりの写真家が映し出す「見たことのない」東京の風景

写真家、川原﨑宣喜さんが2025年2月に開催した個展『RIVERSAL LETTER』。そこで発表した作品は川に映った東京の光景。水面に反射するビルなどがグラフィカルに映し出され、幻想的かつ温かく表現されていました。しかし、この写真は「家族写真」だと言う川原崎さん。そんな写真にまつわる物語を教えてもらいました。

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自分の心情と水面がオーバーラップした

写真展/写真集『RIVERSAL LETTER』にて、川の水面に映った風景を撮影した作品を発表されました。こういう内容になったのは経緯について教えてください。

川原﨑宣喜(以下、川原﨑)

子供が生まれてから幸せな日々を送っていく中で、写真家としては止まってしまっているような気がどこかでしていたんです。でも、それを生活環境が変わったせいにしたくなくて、逆に子供が生まれたからこそ始められたものを作りたいと考えるようになりました。それが始まりでしたね。今回、撮影した川は子供が通っている保育園の向かいにある旧中川っていう川なんですよ。最初はベビーカーを押しながら川を見ていて写り込みが綺麗だなって思ったんです。

もともと川はお好きなんですか?

川原﨑

そうですね、昔から何かと川に縁があった気がします。生まれが大阪なんですけど、近くに大和川が流れていて河川敷で物思いに耽ったりジョギングしたりしていました。東京に来た時も最初に住んでいた場所では新中川があって、アシスタント時代に川沿いを散歩したりしていたんです。そんな背景もあって川が好きです。

身近な存在として川があったんですね

川原﨑

はい。それで、いざ写真集を作ろうと思っても何を撮ればいいのかパッと思いつかなくて。どうしようかと悩んでいるときに、やっぱりいつも見ている川がいいな、という考えに落ち着いたんです。やはり好きじゃないと撮り続けられないですからね。それに、水面に入るテクスチャーの感じが、その時の自分の心情と繋がる部分があるように感じたんです。

写真家としてこのままで大丈夫かなっていう気持ちだったり、ちょっとしたことで心がざわついたり、もやっとしたりする自分の心と水面が似ているなって。でも、この感情は誰にでも当てはまるというか。ちょっとしたことで揺れ動く水面と人間の感情は似ているし、息子のことを思うと、そんなざわついた気持ちも大切にしながら成長していってほしいな、という親からのメッセージも込めて、タイトルに“LETTER=手紙”という言葉を入れたんです。

写真集には幼き息子へのメッセージ(=手紙)が書き込まれている。

親父から息子への手紙『RIVERSAL LETTER』

今回の『RIVERSAL LETTER』は子供に向けた手紙でもあるわけですね。

川原﨑

ええ、なんか親父から息子への手紙って言葉にするのも難しいし、自分も親から明確に何かを言われたことはないんですけど、20年後に息子に受け取ってほしいという気持ちがありますね。写真集の装填も手紙なので写真を入れず封筒的なイメージで作っています。リバーサルという単語も本来は綴りが“REVERSAL”ですが川の作品を掲載しているので“RIVERSAL”と川のリバーを入れています。そんな風にタイトルやデザインも含めて、今作はすごくパーソナルな内容を形にして、息子へのメッセージにしたかったという意図があります。

パーソナルではありますが、抽象画のように切り取られた写真は見ているだけで心地よく、誰が受け取っても感動する内容だと思いました。制作期間はどれくらいだったんですか?

川原﨑

大体1年半ほどですね。テーマの1つに人間の心の移り変わりを表現するという内容もあったので、ある程度の期間を設けて制作を進めました。今回、水面に映った実像が反転されたままの状態ではなくて、写真を反転させて実像と同じ形で展示・掲載したんですよ。揺れで実像と違う形にはなるけど、それはそれで綺麗ですし、揺れ動く気持ちも肯定してほしいという思いを込めています。

写真集の構成としてはこだわった点はありますか?

川原﨑

ページ構成でいくと、最後の方は光の写真ばかりを掲載しています。希望を持って生きていってほしいといった思いを込めていますね。そのように、息子が起点になった作品なので、僕にとっては家族写真というジャンルだと考えています。なので、展示会場にしてもソリッドで前衛的にならないように、ある種の温かみを提示するように工夫しました。

ありがとうございます。少し川原﨑さん自身の話もお伺いしたいのですが、写真を始めたきっかけは何ですか?

川原﨑

大学は教育系で教員免許を取得していたんですけど、仕事をするにあたって教師以外の道も考えたいと思ったんです。広告や雑誌の世界に対する憧れは漠然とあったんですが、当時は自分が何が好きなのかも不明確で。ちょうどスマホが普及し始めた時代で、写真を撮って友達とシェアするのが楽しかったってくらいだったんですよ。そこで、大学4年生のタイミングで写真が勉強できる専門学校にダブルスクールで通いながら、プロのカメラマンさんに連絡してアシスタントさせていただきつつ、就職のタイミングで東京のスタジオに入ったんです。

その後、スタジオに勤務しながら修行を積んだわけですね。スタジオマンをやりながら、自分ではどんな写真を撮影したいと思っていたんですか?

川原﨑

影響を受けたのは写真家の横浪修さんや市橋織江さんたちですね。僕はもともとデジタルから写真の世界に入って、彼らの作風に衝撃を受けて、そこから逆にフィルムを始めたんです。でも、自分でフィルムを扱っても同じように撮影することはできない(笑)。あの写真の雰囲気は本当にすごいですよね。

写真に個性や色を生み出していく

では、制作に対してインスピレーションを与えられるものは何ですか?

川原﨑

お笑いが大好きなので、ちょっとクスリとするユーモアを作品に入れたくなったりしますね。そういう意味でも、横浪さんの少しシュールなニュアンスが大好きです。ちなみに好きな芸人さんはバカリズムさん、滝音さん、ビスケットブラザーズさんも好きですね。あと、千原ジュニアさんはいつか撮影したい憧れです。あと、アシスタントをやっていた頃に師匠が聴いていた音楽や観ていた映画を片っ端から体験するっていうことを宿題としてやっていて、そこではっぴいえんどやキリンジの存在を知ったんですけど、そういう体験が今に生きている感覚があります。

今回の『RIVERSAL LETTER』を経て、次はどんな作品に取り組みたいと考えていますか?

川原﨑

雨の日にガラス越しに見た東京の風景がすごく好きで、それだけで5000枚くらいの写真があったら、楽しくなれるかなって考えていますね。窓を流れる水の具合で、ビルの光や反射が変わって、独特のテクスチャーが生まれるのが好きなんです。やっぱり水って面白いんですよ。それを撮っていて楽しいと思えるので、好きなんでしょうね、水が(笑)。

PROFILE

川原﨑 宣喜(カワハラザキ ノブキ)

東京都在住の写真家。関西学院大学教育学部臨床教育学科を卒業後、2017年よりスタジオ勤務やカメラマンアシスタントを経て独立。現在は雑誌、カタログ、広告を中心に撮影を行う。写真集『kaleidoscope』『解夏』に続き、2025年に最新作『RIVER SAL LETTER』を発表。

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Edit&Text : Tajima Ryo(DMRT)