創業145周年のSEIKOによる時と時計の歴史が学べる博物館
創業145年を迎えた時計メーカー、SEIKO。同社が開館した『セイコーミュージアム銀座』は、日本そして世界の時計にまつわる資料と標本の収集、保存、研究を目的に誕生した“時と時計”の博物館です。もとは日本の時計産業を担うメーカーの使命として資料の収集をはじめましたが、多くの人に時計や時間の成り立ちに興味をもってほしいと一般公開されました。館内では6つのフロアごとにテーマを設け、SEIKOの歴史とともに、時計や時刻制度の変遷をあますことなく解説しています。
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創業100周年を記念してオープンした『セイコーミュージアム銀座』。開館時は『セイコー時計資料館』という名称でセイコーの工場内にあり、2012年から一般公開を開始しました。2020年に銀座へ移転、貴重な展示が無料で公開されています。
国内外の老若男女が集まる銀座エリアに移転することで、より多くの人に楽しんでもらいたいという思いもあったそう。そんな思いがかない、2024年には来館者が5万人を突破。
来館者の6割が外国から訪れたゲストというのも、世界で愛されているブランドがゆえ。館内には英語、中国語の音声ガイドも用意されています。
2020年に同館が銀座へ移転したのは、創業者である服部金太郎氏にとって銀座が縁深い場所というのも一つの理由。服部氏は1881年に、原点である『服部時計店』を創業。輸入時計の販売からスタートし、1895年には銀座四丁目の角地にあった新聞社の社屋を買い取り、銀座で営業を開始。その際に服部氏のアイデアで増築された時計塔は、まだ腕時計が普及していなかった当時、街を行き交う人々に時刻を知らせる貴重な存在として「服部の時計塔」という愛称で親しまれるように。のちに初代時計塔の機械部分は大阪店新築の際に移築され、1945年に戦火で焼失しました。そして1932年、銀座四丁目に二代目時計塔を建設。現在は『SEIKO HOUSE』という名前で銀座のシンボルとしてあり続けています。
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“東洋の時計王”とも呼ばれていた創業者の服部金太郎氏は、1860年に銀座で生まれました。『セイコーミュージアム銀座』は、服部氏の生誕160周年を迎えた年に、ゆかりのある銀座の地へ移転。(セイコーミュージアム銀座蔵)
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1892年に「精巧な時計の製造に成功する」という決意を込めて時計の開発や製造を行う『精工舎』を設立(写真は1897年ごろに撮影されたもの)。関東大震災により工場や営業所が全焼しましたが、翌年から生産を再開し、次第に世界の時計産業において頭角を現しました。(セイコーミュージアム銀座蔵)
1895年から銀座四丁目の角地で営業していた『服部時計店』。写真は1907年ごろに撮影された初代の時計塔です。(セイコーミュージアム銀座蔵)
二代目の時計塔は、1932年に竣工。以来、いまもなお銀座のシンボルとして知られています。設計を担当したのは、『ホテルニューグランド本館』などで知られる建築家・渡辺仁氏。現在は『SEIKO HOUSE』という名前で親しまれており、地下一階から四階までは『銀座・和光』が営業。(セイコーミュージアム銀座蔵)
『セイコーミュージアム銀座』の開館が実現したのは、SEIKOが並々ならぬ努力とこだわりで日本の時計産業を牽引してきたからこそ。同館では、創業者・服部金太郎氏の信念や同社の歩みとともに、時計史を紹介しています。館内は6つのフロアで構成され、ミュージアムショップが併設する1階「はじまりの時間」、創業者の歩みを追う2階「常に時代の一歩先を行く」、時計や時刻制度の変遷を紹介する3階「自然が伝える時間から人がつくる時間」、SEIKOの時計の歴史をまとめた4階「精巧な時間」、ソーラー時計などの個性豊かな製品を展示する5階「いろいろな時間」、そして、スポーツ計時機器とスポーツウォッチに特化したB1階「極限の時間」が並びます。SEIKOの歴史とともに、人類が築いてきた時計の歴史や時刻制度の変遷などををたどることができる博物館なのです。
はじめて訪れる人は1〜6階を巡り、最後にB1フロアの順でまわると、歴史の流れが理解しやすいのでおすすめ。
音声ガイドは自身のスマートフォンでQRコードを読み込む仕組み。
受付とミュージアムショップで構成される1階「はじまりの時間」は、入り口で大きな振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」が出迎えてくれます。
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大きな振り子時計が気持ちを高めてくれるミュージアムの入り口。右壁面には、銀座の街並みに馴染む並木の絵が。
高さ5.8mの大型振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」は、4.6mもある大型の振り子がゆっくりと動きます。10:00〜21:00は30分ごとにメロディが流れ、レインボーカラーに点灯。
右壁面に描かれた木は、時計の部品のイラストとSEIKOにまつわるモチーフで構成されています。右側「ウオッチの木」は、「グランドセイコー」をはじめとするウオッチに使用されている部品、左側の「クロックの木」は「悠久」などのクロックに使われている部品が。
定時になると人形たちが歯車を回しはじめる様子もかわいらしい。
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本フロアでは、創業者である服部金太郎氏の信念と挑戦の軌跡を、資料や展示を通してたどることができます。
創業者・服部金太郎氏の言葉に由来する2階「常に時代の一歩先を行く」では、同氏の歩みと精神を紹介しています。1860年に古物商の息子として誕生した服部氏は、1873年に江戸から明治に改暦されたのを機に、将来は時計を生業にすることを決心。時計店に奉公に出て開業資金を貯め、国産時計の製造を目標に『服部時計店』を1881年に創業します。その後「良品こそが顧客の信頼を得て、事業が成り立つ」という思いのもと、1892年に製造を行う『精工舎』を立ち上げました。
1913年には日本初の腕時計を発表するなど、順調に歩みを進めます。そんななか、1923年の関東大震災によって工場や営業所が全焼。顧客から預かっていた約1500個の修理品が焼失しましたが、同等の新品を無償で返したことで、より大きな信頼を得ます。その後も服部氏は、1934年に永眠するまで顧客や従業員のために尽力し続けました。
「諸工職業競 時計師」(1879年、静斎年一)など、改暦後に新たな時刻制度や西洋式時計が定着していった日本の様子が描かれた錦絵も。当時13歳の服部氏は、時計店が繁盛する様子を見て時計業に進むことを決めたそう。
中央に飾られているのは、洋時計を描いた「うきよはんじょう穴さがし」(1877年、古林進斎)。
江戸時代後期に大名や豪商が手にしていた高価な和時計も展示。不定時法を採用していた当時の時計は、写真の「一挺天符枕時計」のように、十二支も用いて時刻を表していました。
時計店を始めることを決意した服部氏は、日本橋の亀田時計店や上野の坂田時計店に奉公に出て、修理技術を習得しました。勤めながら開業資金を貯め、自身の店を創業。横浜の外国商館から輸入時計を仕入れ、卸や販売からスタートしました。
服部氏30歳ごろの肖像。1887年に店舗を銀座に移転、5年後には製造を行う『精工舎』を立ち上げ、国産時計の製造に乗り出します。その後は国産初の腕時計を発表するなど、日本の時計産業を牽引してきました。
歴史を感じるたたずまいの「八日巻掛時計 三筋」は、1892年に『精工舎』の初期工場である石原町工場で作られたもの。こうした掛時計の製造からはじまって、懐中時計や日本初の目覚時計など、次々と開発を進めました。
1895年には懐中時計の製造に着手。写真は『精工舎』で初めて製造された懐中時計「タイムキーパー」。
1899年には「国産初 目覚時計」(左)も誕生。真鍮のケースにニッケルメッキを施し、当時主流だったドイツ製にくらべて錆びにくいと評判に。1915年製の「ヘソ型両鈴目覚時計」(右)は、第一次世界大戦によってクロックの生産が困難になった欧州のメーカーから受注したもの。イギリスから60万個、フランスから30万個もの受注を得たというから驚き。
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1913年に発売した国産初の腕時計「ローレル」。当時の日本で腕時計は普及していませんでしたが、腕時計をする生活が当たり前になることをいち早く見据えて開発したそう。
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工場の焼け跡から発見された、焼け焦げた塊となった懐中時計たち。「関東大震災で焼けた時計」として、展示されています。
関東大震災の翌年である1924年に誕生した腕時計「セイコー」(写真右)。関東大震災の前日に6つの試作品が完成しており、そのうち2つが無事でした。左側がその試作品。試作段階ではグローリーという名がつけられていたそう。
初のセイコーブランドの時計として発売された腕時計「セイコー」。試作段階ではグローリーという名でしたが、震災を受けて「精巧な時計を作る」という原点に帰るという思いを込め、自社の名前を冠することに。
震災後は、部品を取り付けるための穴を開ける機械「てんわ穴明けねじ切自動機」を開発するなどして、技術開発を進めます。その後は懐中時計「セイコーシャ」が国産初の鉄道時計として選ばれるなど、順調に復興を遂げました。
3階/時計が誕生した紀元前から今日までの時計史を学ぶ
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紀元前に生まれた人類初の時計から今日の形に至るまでの変遷を紹介
3階「自然が伝える時間から人がつくる時間」は、太陽光や水、砂といった自然の力を用いて時間を計っていたころから、より精密な機械時計へと進化しゆく過程が学べるフロア。
時計の誕生は、紀元前5000年ごろに遡ります。太陽光を利用した人類初の時計「日時計」や、紀元前1400年ごろにエジプトで発案された、水位を基準とすることで夜でも時間が計れる「水時計」など、人類はさまざまに時間を計る仕組みを編み出しました。1300年ごろにイタリアで機械式時計が誕生してからは精度や携帯性が進化し、正確に時刻を伝える今日のような時計に。くわえてこちらでは、江戸時代の日本で独自に作られた「和時計」も見られます。夜明けと日暮れを基準にした不定時法独特の文字盤や、日本らしいしつらえに目を見張るはず。
人類最古の時計である日時計。こちらは1700年台に中国で作られた「赤道型(コマ型)日時計」で、太陽の動きにともなって変化する影の位置で時刻を計っていました。
左から、「赤道型(コマ型)日時計」、紀元前1400年ごろにエジプトで発案された「最古の水時計のレプリカ」、江戸時代の燃焼時計「香盤時計」、「線香時計」、機械式時計「鉄枠塔時計」、ビッグベンのプロトタイプである「振り子式塔時計」。
機械式時計は、自然の力を利用せずに動く最初の時計。鐘を鳴らしてお祈りの時間を知らせるために、修道院や教会で使用されたのが始まりだと言われているそう。現存する世界最古の機械時計と同じ機構の「鉄枠塔時計」は、1500年ごろに作られた本物です。
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最初の機械式時計は精度が不安定でしたが、次第に振り子などの部品が発明され、一定の速さで動かすことが可能に。写真のような振り子時計が確立したころには、1日のズレが1、2分でおさまるほど精度が向上。ここから小型化が進み、現在の時計へと進化します。
江戸時代には日本独自の時刻制度に対応した機械時計・和時計が発展。
当時庶民の家には時計がなかったため、役人が城にある時計を見て定時に鐘を鳴らしていました。
江戸時代の和時計。「二挺天符目覚付袴腰櫓時計」(右)、「二挺天符目覚付暦付台時計」と、品のある日本らしいデザインに惹かれます。
江戸時代後期に描かれた「五行和歌 定家卿」(錦朝楼芳虎)。和時計の一種である一挺天符掛時計が使われている様子が分かります。
4階/世界の時計史を塗り替えた技術と挑戦の軌跡をたどる
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同社初の製品として作られた掛時計から国産初の腕時計、1969年に発表された世界初のクオーツ式腕時計まで、SEIKOが作りあげてきた時計たちがそろいます
4階「精巧な時間」では、SEIKOの代表的な時計とともに、機械式時計からクオーツ式時計、双方の強みを兼ね備えた独自の機構に至るまでの技術開発の歩みを紹介しています。SEIKOの強みはムーブメントの設計から部品、素材までを自社開発する体制を早々に整え、「こんな時計を作りたい」という思いをとことんこだわって実現してきたこと。2026年現在も、部品製造から組立まで一貫して自社で行う時計メーカーは世界でも片手に収まる数しかありません。
1908年に『精工舎』で作られた「八日巻掛時計 八角尾長」(右)は、1902年〜1903年にハノイで開催された万博博覧会で金牌を取ったもの。『精工舎』の時計が初めて公式に外国の評価を受けた証と言えます。
1913年に発売した国産初の腕時計「ローレル」(右)と、『精工舎』で初めて製造された懐中時計「タイムキーパー」(左)。ローレルは2014年に日本における日本機械学会から「機械遺産」に認定され表彰されました。
1940年代後半になると腕時計も人々にとって身近になり、1953年には日本初のテレビCMを放映。日本製の時計が外国からも注目されるように。
1950年代後半になると小型化も進み、ぜんまいの自動巻き機能を開発するなど技術開発は加速。1959年には、現在独立ブランド化した『グランドセイコー』のベースとなった「クラウン」(右から3番目)など、高精度な腕時計が誕生してゆきました。
1960年、世界最高峰の機械式時計を目指して「初代グランドセイコー」が誕生。発売にあたっては時計の精度や性能を検定するスイスのクロノメーターと同じ基準で社内検定を実施。当時の検査基準で優秀級と同等の精度を実現し、証明書つきで発売されました。
1960年に「初代グランドセイコー」が生まれてからは、更に精度を追求していきます。 3枚スライド
1969年には、世界初のクオーツ式腕時計「クオーツ アストロン35SQ」を発表。現在世界で製造されている腕時計の約97%がクオーツ式です。
「クオーツ アストロン35SQ」の開発にあたって取得した自社技術の特許を公開したことで、世界的にクオーツ式腕時計が普及。独自に開発した音叉型水晶振動子、オープン型ステップモーターは、現在のクオーツ腕時計の標準にもなっています。
5階/キャラクター時計や宝飾時計を通して見る多様な価値観に合わせた時計
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SEIKOが作りあげてきたさまざまな時計が集まる5階「いろいろな時間」は、子供にも人気のフロアです
ジュエリーをあしらったエレガントなコレクションから親しみを感じるキャラクター時計まで、SEIKOが多様な価値観のもとでさまざまな時計を生み出してきたことを実感できるのが5階「いろいろな時間」。電池によって動くモデルやGPSを搭載した時計、親しみある子供向けの時計、ファッショナブルな時計、そして職人たちが日本の美意識を表現した複雑でエレガントな時計などが集まっています。1969年に世界初のクオーツ時計を発表して以降、利便性だけではなく、ファッション性や遊び心、芸術性も追求してきたSEIKOの歩みを見ることができます。
1977年に発売した「和装用ウオッチ」など、ファッションの一部として楽しめる時計も。
1980年以降はクオーツ式時計が低価格で販売できるほど普及し、キャラクターたちとコラボした遊び心のある時計も登場。実用性と楽しさを兼ね備えた時計が生まれたのは、この時期でした。
2006年に発表された「クレドール スプリングドライブ ソヌリ」。「ソヌリ」とは、フランス語で音を鳴らすという意味。時計の世界では定時になると自動で鐘が鳴る機構を指します。
1974年に誕生したクレドールは、フランス語で“黄金の頂き” 。薄型のドレスウオッチや工芸的な時計、複雑機構を搭載したものなど、国産腕時計として、品質と美しさの頂点を極めていくという強い思いが込められています。広告には、長らく長嶋茂雄氏が起用されていました。
機械式時計の源流とも言える、900年以上前の中国北宋時代の水運儀象台の機構を再現・再構成した高級置時計「悠久」も。2020年に発売したこちらは、同社の「クロック工房」で熟練の職人が組み立てています。
B1階/SEIKOの宇宙や深海で活躍する時計&スポーツ大会での計時計測技術を知る
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世界陸上競技選手権大会で実際に使用された計測機器や、宇宙や深海に対応する特殊な時計をそろえたB1「極限の時間」
計測機器の開発は、SEIKOのもう一つの顔。B1「極限の時間」では同社が開発してきたさまざまな計測機器とともに、宇宙や深海などの特殊な環境下で活躍する腕時計を展示しています。SEIKOは1960年代から、ストップウォッチをはじめとする計測機器の開発にも注力。1964年の東京オリンピックを革切りに、1987年から今日までのワールドアスレティックスのオフィシャルタイマーを担当するなど、各種国際大会でアスリートの活躍をサポートしています。くわえて、宇宙や深海といった過酷な環境に耐えうる時計も次々と生み出し、宇宙飛行士やダイバー、登山家たちからも信頼を得てきました。本フロアではそんな精度へのこだわりと挑戦の歴史を、時計や機器を見ながら知ることができます。
世界陸上ベルリン2009で使用されたトラックサイドクロック(左)や、同大会でウサイン・ボルト氏が100メートル世界新記録を出した際に使われたスターティングブロックも展示。このほか、水泳飛び込み台やスポーツタイマー(写真右)も。
いまやSEIKOは、ダイバーズウォッチの第一人者でもあります。トライアンドエラーを繰り返しながら、宇宙や深海などの過酷な環境下に耐え、正確に時刻を知らせる時計を開発すること半世紀以上。無骨なデザインのなかに、その努力と技術力が込められています。
1965年に国産初の150m空気潜水用ダイバーズウオッチを作ったのち、潜水士からの便りをきっかけに開発を進め、7年後に世界初のチタン製ケースを用いた600m飽和潜水用の「セイコーダイバーウオッチ プロフェッショナル600」(左から3番目)が完成。外装だけで20件以上の特許などを取得しました。
計測機器の開発に力を入れはじめた1960年代の国際スポーツ競技大会では、まだ正確に計測できる機械式ストップウォッチがなく、複数個で計ると誤差が避けられませんでした。その原因が内部の機構にあることを突き止め、1962年に0.1秒単位まで正確に計測できるストップウォッチを発表。
1964年の東京オリンピックに採用されたストップウオッチたち。「1/10秒 15分計 置針付積算式」(左から4番目)をはじめ、使用された競技のピクトグラムとともに展示されています。
世界初の、宇宙での遊泳や船外活動のために開発設計された「セイコー スプリングドライブ スペースウォーク」(写真左端)。エネルギー源がぜんまいであるため、温度差が大きい宇宙空間でも電池の破損や電池切れの心配なし。実際に宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで使用し、その性能が証明されました。
銀座名物・セイコーハウス時計塔文字板のレプリカも! 時計塔のある屋上は一般公開されていないため、間近でその迫力が体感できるのも貴重。記念撮影スポットです。
6階/高級腕時計ブランド『グランドセイコー』の博物館も
高級腕時計ブランド「グランドセイコー」の博物館『グランドセイコーミュージアム』は、2024年に同ビルの6階に新設。精度、品質、見やすさ、デザインを追求した「グランドセイコー」の歴史と哲学を紹介しています。同ブランドは「世界に誇れる最高級の国産時計をつくる」という思いのもと、培ってきた職人技術とセンスを集結し、1960年に誕生。1968年には世界的に権威のあるスイス天文台クロノメーター・コンクールで入賞し、2017年に独立ブランド化しました。The Nature of Timeというブランドフィロソフィーのもとで作られた、日本の美意識と精神性を備えた多彩なモデルたちが出迎えてくれます。
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ブランドフィロソフィーであるThe Nature of Timeには「日本の美意識と精神性によって時計の本質を極める」という思いが。和のいい香りがふわりと漂う空間や、温かみのある木、玉砂利を用いたシンプルな内装にもその哲学が反映されています。
「初代グランドセイコー」は時計の精度や性能を検定するスイスのクロノメーターと同じ基準で社内検定を実施。当時のクロノメーター優秀規格基準をクリアしたものを合格品としました。1966年にこちらより厳しい独自の規格を、1998年にさらに基準を厳しくした「新グランドセイコー規格」を制定。
100点ほどの歴代モデルをはじめ、歴代のムーブメントも間近でじっくりと見られます。グランドセイコーは、こうした細かな部品も一つ一つ、時計師たちの手で磨きあげているというから驚きです。
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入り口に展示されている季節ごとに異なるウェルカムウオッチ。写真は「大雪」。The Nature of Timeというブランドフィロソフィーのもとで、自然や季節の移ろいからインスピレーションを受け、ダイヤルに二十四節気の大雪を表現したモデルです。
ワークショップや企画展、オリジナルグッズにも注目!
1階「はじまりの時間」に設けられたミュージアムショップでは、展示品をモチーフにしたオリジナルグッズも販売しています。さらに館内では、不定期でワークショップも開催中。5歳から楽しめる時計教室(ウオッチ組立編&お絵描きクロック編)や、18歳以上を対象とした組立体験付きの機械式腕時計講座など、さまざまに時計の魅力が体感できる企画が実施されています。展示を見るだけでなく、体験を通して“時間”の奥深さに触れられるのも、『セイコーミュージアム銀座』ならではの魅力です。
グッズを販売するショップは受付横に。おみやげとしても人気が高いスポーツタイマークロック(右端・小4,180円、右から2番目・中6,500円)は、お部屋のアクセントになりそう。
常設展示を解説する「セイコーミュージアム銀座図録」は、日本語版と英語版が(3,850円)。「グランセイコーミュージアム図録」は日本語、英語併記となっています(5,500円)。貴重な資料の情報がひとまとめにされている保存版です。
遊び心あふれるヒストリカル トランプ(2,800円)は、SEIKOを代表する時計やウオッチがかわいらしいイラストで描かれています。キングにはキングセイコーのマークが。
カプセルトイも人気(各300円)。SEIKOの歴史を代表する時計が描かれた缶バッジ(右)や、スポーツ計時機器を描いたシリーズも(左)。
時計塔を大胆にデザインしたクリアファイル(時計塔)(右)、日時計やクオーツ時計など、時計の歴史においてターニングポイントとなった時計を描いたクリアファイル(ヒストリカル)(左)。ともに400円。