東京・新宿にキャンパスを構え、100年以上にわたって日本のファッション教育を支えてきた『文化服装学院』。高田賢三、山本耀司、高橋盾、NIGO®など、世界で活躍する数々のデザイナーを輩出し、海外では『BUNKA』の名でも知られる存在です。服飾に関する徹底した技術教育、実習室や図書館などの充実した施設、そして世界各国から集まる学生たちの多様な価値観……。服づくりの基礎から、自分の表現を外へ届ける機会まで、ファッションを学ぶための理想的な環境が、ここにはあります。
1919年に、小さな洋裁学校からスタートした『文化服装学院』。1923年には日本初の服装教育の学校として認可を受け、100年以上にわたり日本のファッション教育を支えてきました。卒業生の実績や教育レベルの高さから、イギリスのセントラル・セント・マーチンズ、アメリカのパーソンズ美術大学といった名門ファッションスクールと肩を並べる存在として、世界的にも高く評価されています。海外では『BUNKA』という名で知られ、世界各国から学生が集まる学校です。
『文化服装学院』は、『文化ファッション大学院大学』、『文化学園大学』、『文化外国語専門学校』などを擁する学校法人『文化学園』の一部。甲州街道沿いに横に長く続く校舎が印象的です。
『文化服装学院』の名を世界へと広めたのが、卒業生たちの存在です。日本のファッションを国際的な舞台へ押し上げた高田賢三、山本耀司をはじめ、『UNDERCOVER』の高橋盾、『HUMAN MADE』のNIGO®、『AURALEE』の岩井良太、『FACETASM』の落合宏理など、現在も国内外で高く評価される日本人デザイナーの多くが、『文化服装学院』の出身です。
彼らに共通しているのは、欧米のモードをそのままなぞるのではなく、それぞれの視点からファッションの価値観を更新してきたことです。モードとストリート、伝統と革新、音楽、アニメ、サブカルチャー。異なる文化がカオスに交差する日本のファッションは、素材の表情、構築的なフォルム、日常に潜む違和感や空気感までを服の表現へと変えていきました。その自由さこそが、日本のファッションが世界で注目されてきた理由のひとつです。
『文化服装学院』はそうした自由な発想を、人が着る服として、そしてビジネスとして成立させるための“技術”を徹底的に教えてきました。その教育のあり方が、学生の才能や表現力を伸ばし、数々のデザイナーを生んできたのです。
高橋盾はアパレルデザイン科在学中に同学科の友人と『UNDERCOVER』をスタート。
地上20階、地下1階の広大なキャンパスには、ファッションに関わる技術や知識を実践的に学べる実習室や、発想のヒントとなる資料に触れられる施設が多く存在します。この充実した学習環境も、この学校の大きな強みです。
たとえば「生産管理実習室」では、工業用ミシンや自動裁断機などを使い、既製服の生産工程を実践的に学びます。また「捺染実習室」では、柄のデザインから、製版、素材の染色など生地そのものを作ることができます。
「文化学園図書館」には、服飾史やデザインの専門書、国内外のファッション誌などが揃い、「ファッションリソースセンター」には、学生作品や卒業生デザイナーのアーカイブが保存されています。学生は豊富な資料や実物の衣装に触れながら、制作の発想を広げることができます。
また学内の購買部では、授業で必要な布地や服飾副資材、画材、トルソーなどが購入可能。
実習、リサーチ、素材や道具の調達まで、ファッションを専門的に学ぶための環境が1つのキャンパスに揃っていることが『文化服装学院』最大の強みであり、学生たちの技術が磨かれていく理由なのです。
現在、学生の約30%を海外からの留学生が占めているという『文化服装学院』。スペイン出身のマカレナさんに話を聞いてみました。
マカレナさんは、クリエイション能力を磨いて世界で活躍するデザイナーを目指す「アパレルデザイン科」の3年生。13歳のときにYouTubeで卒業制作のファッションショーの様子を見て、この学校への入学を決意したそう。
「私はデザイナーというより、いろんな手法で表現するアーティストとして活動したいと思っています。絵や写真は自分でも練習していたし、スペインでは芸術系の高校にも通って、さまざまな表現の仕方を学びましたが、ずっと挑戦したかった服づくりだけは、ちゃんと教えてもらわないとできないなと思っていて。動画で見た『文化服装学院』のショーには、ヨーロッパでは見たことがない斬新な服ばかり出てきて、すごく衝撃を受けたんです。それぞれに好きな服を着て、自由に表現している学生たちを見て、私もここに行きたい!と思いました」(マカレナさん)
『文化服装学院』には留学生用のコースやクラスはなく、授業はすべて日本人学生と同じクラスで、日本語によっておこなわれます。そのため、留学生は事前に日本語学校に通うなどして、しっかりと日本語を学んでから入学します。
「学校で一番仲のいい友達は、1年のときに知り合った他学科の子達で、日本、韓国、カナダの出身。この学校には本当にいろんなルーツを持った人がいて、考え方や価値観がさまざまだから、すごく刺激的です。他の学校には、こんな環境はないと思います」(マカレナさん)
日本に来て4年目になるマカレナさん。日本語上達の早道は、「とにかく外に出て、怖がらずに日本語を話して、友達をつくること!」
マカレナさんが所属する「アパレルデザイン科」では、1年次に服づくりの基礎となる知識と技術を学び、その後2年間で自分の作品をつくりながら、発想力や表現技術を磨いていきます。
『文化服装学院』には全26の学科・コースがあり、デザイナーやパタンナーを目指すコースだけでなく、スタイリストやモデルとしてのノウハウを学ぶコース、アパレルのプロモーションや販売を学ぶコースなど、多様な選択肢がありますが、ほとんどのコースで服づくりの授業は必修になっています。服のつくり方を知ることは、どんな立場でファッションに関わるとしても欠かせない基礎だからです。
マカレナさんがこれまでに製作した作品。デザインは、自然の神秘や生まれ育ったスペインの文化からインスパイアされることが多いといいます。
このように実践を重んじるカリキュラムには、感覚だけでなく“技術”を徹底的に学ばせる『文化服装学院』の教育のあり方が表れています。
しかし、入学者の90%は服づくり未経験。そのためクラス担任制を採用し、初心者もしっかりフォローしながら、先生が一人ひとりの進度に寄り添って指導しています。
「先生方と話すことが大好き。私が表現したい世界観について聞いて、見てもらえるのはすごく嬉しいし、ときには率直な意見をくれたり、アイデアも出してくれる。とても心強い存在です」(マカレナさん)
常に教壇から学生たちを見守る担任の先生。構想を形にするための縫製のやり方、道具の使い方はもちろん、製作が行き詰まったときのアドバイスや進路相談など、一人ひとりを細かくサポートしてくれます。
『文化服装学院』では、自分がつくった作品を人前で発表する機会が数多く用意されています。年に1度おこなわれる文化祭や、ほとんどの学科で課される卒業制作では、学生がつくった作品によるランウェイショーを開催。そのほか、学内外のコンテストへの参加サポートもおこなっています。
中でも文化祭ファッションショーは、学校を象徴するイベントのひとつ。ショーに出る作品づくりはもちろん、舞台設営、照明、音響、演出、モデル、運営までを約700名の学生が主体となって手がける一大プロジェクトです。
また学生選抜コレクション『individual』や『装苑賞』をはじめ、学内外のコンテストに挑戦する機会も豊富。挑戦を目指す学生には、先生が作品を添削するなど手厚いサポートもあります。
ひとつのショーをつくる過程では、デザイン、パターン、モデル、ヘアメイク、演出など、学科を越えてさまざまな力を持つ仲間と協力することが欠かせません。世に出ていくチャンスを得られるだけでなく、人と関わってアイデアが形になっていく楽しさや、実際のファッションの現場に近い経験を積めるという点も、学生たちのモチベーションにつながっています。
学内の掲示板には、学校や自治体などが主催するコンペ情報を掲出。服、ジュエリー、革製品など、挑戦できる分野は多岐にわたります。
個人の自由な発想を育てながら、服として形にするための確かな技術を学べる、製作を支える環境がある、多様な仲間と出会い、自分の表現を外へ届ける機会もある。『文化服装学院』には、ファッションの世界を生きていく上で必要な要素が凝縮されています。それこそが、世界中の学生がこの学校を目指す理由なのです。東京の中心・新宿にあるキャンパスで、学生たちは国や文化を越えて刺激し合いながら、日々ファッションに向き合っています。
スペイン出身、「アパレルデザイン科」の3年生で、DJとしても活動中。幼いころから絵や写真などアート全般に関心があり、将来はアーティストを志している。来日後は1年9ヶ月ほど日本語学校に通い、日本語能力試験のN2レベルに合格した。お気に入りの街は三軒茶屋。
100余年の歴史を誇る、日本で最初のファッション専門学校。服づくりの基礎から応用を学び、ファッション全体を総合的に理解する「服飾」、商品としての服づくりスキルを極め、アパレル業界のスペシャリストを目指す「ファッション工科」、アパレルビジネス・流通を学ぶ「ファッション流通」、テキスタイルやグッズのプロを目指す「ファッション工芸」という4つの課程に分かれ、26の学科・コースが設置されている。





