伝統と未来、日常と非日常が混ざり合う街、東京。その表情は、見る時間や角度によって大きく変わります。フォトグラファー・八木淳さんの作品「阿吽(あうん)」は、渋谷の昼と夜を対比させ、ひとつの街に潜む二面性を浮かび上がらせます。見慣れた風景の奥にある、東京のもうひとつの表情について、制作の背景とともにお聞きしました。
八木淳さんといえば、広告や雑誌でファッション、ビューティー写真を数多く手がけるフォトグラファーです。緻密なライティング技術による撮影と、被写体をより美しく、より力強く見せる高度なレタッチは、八木さんの写真の大きな持ち味です。磨かれてきたその技術が街に向けられたとき、単なる記録写真ではなく、色と構図によって再構成された“都市のポートレート”として立ち上がります。
今回、八木さんが撮り下ろしたのは、渋谷のランドマークでもあるスクランブル交差点やSHIBUYA109のある風景。昼と夜、それぞれの時間に撮影された2枚の写真を並べることで、ひとつの作品となります。その名は「阿吽」です。阿吽とは、サンスクリット語の「阿(あ)」と「吽(うん)」に由来し、口を開く最初の音と、口を閉じる最後の音を表す言葉。万物の始まりと終わり、宇宙の根源と完成を象徴する言葉でもあります。
この作品に「阿吽」という名前をつけた意図についてお聞きました。
「昼間の写真は、道路のラウンドしているところが、口を開けているように見えたんです。反対に夜の写真は、道路の光が、少し顔を食いしばっているように見える。そこからですね。でも、最初から狙っていたわけではないんです。もともとは、昼は空を多めに見せたくて、夜は街のギラギラした感じが目に飛び込んでくるようにしたい、という意図がありました。けれど、並べてみると、また違う絵になったというか。何枚も撮ったなかから写真をピックアップして、仮で組んでみたときに、不思議な強さがあると気づきました。そこから微調整しようとしても、全然うまくいかなくて。ファーストインスピレーションの感覚でやったものが、結局いちばんしっくりきましたね」
昼の渋谷
夜の渋谷
「対比」することで、より渋谷らしさが浮かび上がっているように感じます。
「そうなんです。こうして対比したことで、渋谷のいい部分と、少し怖い部分の両方が映った気がします。昼間は、口を開けて、観光客をはじめとするいろいろな人やものを受け入れる、オープンな渋谷。でも夜になると、ぐっと歯を食いしばって、いろいろなものを拒み、寄せ付けないようにも見える。渋谷という街には、本来そういう気配も潜んでいると思うんです。実は、自分でもこういうふうに撮れるとは想像していなかったので、逆に『すごいな、渋谷』と思いました」
開かれた昼の渋谷、緊張感のある夜の渋谷の二面性。さらに、どこかアニメやゲームの背景のような、近未来的なムードも感じられます。
「ノーマルに仕上げるだけでは物足りない、という感覚は大前提としてありました。ネオンのギラギラ感は、よりビビッドにしています。サイバー感……と言ってしまうと少し安っぽくなってしまうのですが、東京の色というか、アニメ文化は意識していたかもしれません。よく見るとサインボードにもこだわっていて、ちゃんと『ウェルカム東京』と書いてあるんですよ(笑)」
電子看板、ネオン、密集する建物、人の気配。それらが重なり、繰り返されることで、渋谷がどこか架空の都市のようにも見えてくる。八木さんのレタッチは、風景を別のものに変えるというより、もともと都市の中に潜んでいた“もうひとつの顔”を引き出しているようです。
さらに、この街のシリーズには、東京の上野・アメ横、浅草・仲見世、秋葉原・電気街も。いずれも東京ではおなじみの街の風景であるはずなのに、まったく「見たことのない」街に見えてきます。
上野・アメ横
浅草・仲見世
秋葉原・電気街
どの作品もグラフィカルで、どこか模様のようにも見えます。その構図の強さは、どこから生まれているのでしょうか。
「X軸、Y軸はかなり意識していますね。実は、フォトグラファーになる前は建築関連の仕事をしていたんです。インテリアの専門学校にも通っていました。だからかもしれませんが、ちゃんとまっすぐにしたり、規則的に並んだりしているものが好きなんです。よく『曼荼羅みたい』と言われることもありますが、昔から曼荼羅を見るのも好きでした。やはり、自分の好きなものが凝縮されているのかもしれません」
なるほど、計算された縦横の構図は、建築やインテリアの感覚から。そこにさらに、八木さんならではの「色」のセンスが重なっているように見えます。
「ファンタジーすぎず、行き過ぎず、自分なりの落としどころを探っている感じはあります。結局、自分がしっくりくるかこないかだけだと思うので、そこのバランスでしょうね。ちゃんとおしゃれな感じも残したい、という思いもあります。たとえば、これまでビューティーやファッションの仕事でご一緒してきた方に見せると、『確かに八木さんっぽい』と言ってくれる方が結構多いんです。そう言われると、自分らしさが詰まっているんだなと思いますね」
街の写真でありながら、どこかファッション写真のような洗練さ。過剰な色彩やシンメトリーの強さがありながら、ただ奇抜なだけでは終わらない。そのバランスに、商業写真の現場で培ってきた感覚が表れているようです。
そもそも、ファッションやビューティのフォトグラファーである八木さんが、街の写真を撮りはじめたきっかけは何だったのでしょうか。
「2019年に個展をしたんです。ビューティの作品がテーマだったのですが、ギャラリーのスペースが空いたので、ほかの写真も展示することになりました。その数年前に香港へ行って以来、すごく好きな街だったので、香港の写真を撮ることにしたんです。ただ、撮ったは撮ったけれど、もう少し自分っぽさを入れたいなという欲が出てきて。そこからアレンジした作品を作ってみたんです」
「香港の街並みは、縦に連なっているビルが多いので、これで何か別の見え方を引き出せないかなと思いました。いろいろ試行錯誤していくうちに、こういった手法にたどり着いたというか。シンプルな手法ではあるんですけど、やってみたら予想以上に強いビジュアルになったんです。香港の街並みは昔ながらの建物が多いのに、この手法をプラスすると、一気に近未来っぽくなる。急にガラッと気分が変わるんです。それが発見でした」
現実に存在する街並みに少し視点を加えるだけで、街はまったく違う表情を見せていく。香港での発見は、その後、東京の街を撮るシリーズへとつながっていきました。
今後、撮ってみたい場所はありますか。
「いろいろな海外に行って撮ってみたいですね。アジアは撮ってみたいです。たとえば台湾、韓国、タイの寺院なども、撮ってみる価値がありそうです。その場所のランドマークは、みんなが撮るものだと思います。でも、そこをあえて外すというよりは、誰もが知っている場所を違う視点で堂々と出すことをやっていきたい。『視点を変える』ことで、目を引く作品をつくる。それがいちばんだと、自分は思っています」
緻密な構図と鮮やかな色彩、商業写真で培われたレタッチの感覚。見慣れた街も、八木淳さんの視点を通すと、まったく別の表情を見せはじめます。 渋谷の昼と夜に宿る「阿吽」。そこに映っているのは、変化し続ける東京そのものの姿なのかもしれません。
宮城県出身。2003年 富田眞光氏に師事。2006年 渡英。2007年 帰国後から本格的にキャリアをスタート。長年培ってきたビューティー撮影を軸に、人物から商品、さらには近年では車まで、被写体の本質を捉えるクオリティを追求。緻密なライティングと高度なレタッチを融合させ、静止画・動画ともに完成度の高いビジュアルを追求し続けている。
https://signo-tokyo.co.jp/artists/atsushi-yagi/
<風景写真アカウント>
https://www.instagram.com/yagiatsushi08/








