世界各地の洋服屋や雑貨屋のインテリアとしても見かけることの多い、クマ型のブロックタイプフィギュア「BE@RBRICK」。2026年は誕生25周年、発売元である『メディコム・トイ』は設立30周年を迎えます。現在はアートやカルチャーの文脈で語られることも多い同社は、どのような歩みを経てきたのでしょうか。代表取締役社長の赤司竜彦さんにお話を伺いました。
東京を拠点に活動するトイメーカー、『メディコム・トイ』。1996年の創業以来、映画、音楽、ファッション、現代アートなど、多様なカルチャーと結びついたプロダクトを生み出し、世界中のコレクターから支持を集めてきました。なかでもクマ型フィギュアのBE@RBRICKは、世界的アーティストやラグジュアリーブランドとのコラボレーションでも知られる存在。東京のカルチャーシーンから生まれたメーカーとして、そのユニークなものづくりは世界中に広がっています。
メディコム・トイから発売されるトイは、しばしば「アート・トイ」という文脈で語られます。それは設立当初からトイ/アート/カルチャーをあえて内包させ、その境界線を見定めたうえでの歩みだったようにも見えます。
「いや、そんなことはまったく考えていませんでした」
赤司社長は即答します。
赤司竜彦社長
では、なぜメディコム・トイの商品群には、トイ/アート/カルチャーの文脈を感じるのでしょう。その起点には、赤司社長が影響を受けた時代が関係していると言います。
「日本の1970年代、80年代、90年代というのは、さまざまなカルチャーが雨後の筍のように出てきた時代だったんです。そういう新しいカルチャーを体験することがとても楽しかったんでしょうね。だから、すごく雑食的にいろんなものを吸収させていただいたというか……」
夢中になったアーティストとして、YMO(Yellow Magic Orchestra)をはじめ、80年代日本のロック/パンクシーンで活躍したARB、LIZARDのモモヨ、陣内孝則率いるTH eROCKERS。海外アーティストではデヴィッド・シルヴィアン(元JAPAN)など、多くのバンドやミュージシャンの名前が挙がります。
「そういった方々の表現や発言・行動を見ていて、“なんて素敵なんだろう”と思っていた、みたいなところがあったかもしれないですね。音楽だけでなくお洋服も好きでしたし、映画も好きでしたし、とにかく雑食的に……いい時代だったと思います」
ただ、こうした“雑食的”な楽しみ方は、当時の若者文化では決して当たり前ではありませんでした。今のように、「すべてがフラットに共存できる時代ではなかった」と赤司社長は語ります。
「あの頃は、ひとつ世界線が違うと敵だったんですよ(笑)。音楽もジャンルごとにコミュニティが分かれていて、互いに交わらない空気があったんですよ。当時の日本では、ライブハウスに来ている子たちはディスコには行かなかったんです。でも、僕はディスコにも行っていたんですよね。そういう感じで、いろんなものを越境していました」
メディコム・トイ本社の応接室には、KAWSの巨大なアート作品が。
雑食的にカルチャーを越境しながら面白いものを吸収していく——その感覚は、のちのメディコム・トイのプロダクトにも色濃く反映されています。
「ヒットの精度を上げるためにマーケティングするというよりは、自分の中のアンテナに引っかかったものを砥石で磨いてくみたいな……。そういうパターンでものをつくっている感じがします」
赤司社長が初めて起業したのは1983年。10代の終わり頃のことでした。当時、東京のナイトカルチャーでもっともヒップな場所だった西麻布で、トレンドだったカフェバーを立ち上げます。
その後、服のリサイクルショップや雑誌編集者を経験するなか、とある社長の誘いでコンピューター関連会社に入社します。その新規事業のひとつとしてスタートしたのが、トイの製作でした。
「入社してすぐの頃(1991年)、友だちに連れられてアメリカン・トイを中心とした輸入雑貨店『ZAAP!』に行くわけです。幼少期はウルトラマンや仮面ライダーのおもちゃで遊んでいましたが、それとは違う感覚というか。こういう世界があるんだ! コレクションしたら楽しそうだなって。でも、その頃はまだつくりたいという発想には直結しなかったですね」
その後、トイの世界にどっぷりとのめり込み、社内でおもちゃ事業部を立ち上げ、アメリカン・トイを扱うショップをオープンします。そのうち、「自分だったらこうするのに」という欲求が高まり、ルパン三世の12インチフィギュア「PRE-ASSEMBLED COLLECTION」をオフィシャルで製作。予想以上の売れ行きとなりました。その第一号商品発売から2年後に独立へと舵を切ります。
メディコム・トイが設立されたのは1996年。藤原ヒロシやNIGOに象徴されるように、裏原宿エリアを発信源とするストリートカルチャー全盛期でした。若者人口も多くさまざまなモノが注目を集めるなか、SPAWNやSTAR WARSなどのフィギュアも大ブームとなります。
「不思議な感じでしたよね。ほぼすべての雑誌社からフィギュア誌が刊行されていて。その渦の中心には、SPAWNを手がけていたマクファーレン・トイズ(当時はトッドトイズ)とか、いろんな人がいて。その端っこで、僕らもうまくやればメインストリームに行けるかもという感じでした」
赤司社長は、90年代のフィギュア誌を見ながら当時のことを振り返った。
そうしてトイ好きから高い評価を得る「REAL ACTION HEROES」シリーズや、ブルース・リーのフィギュア、さらには裏原宿の面々とのコラボレーションなど、さまざまな商品を手がけ快進撃を続けていきます。
「当時はとにかく商品の量を増やしていかないと、会社が回って行かないみたいなところもあったんです。それと並行するように、タイムハウスさんというメーカーさんとの繋がりがあったり、玩具のオーソリティーでもある『ZAAP!』の元店長がうちに入社したり。
優秀な方々と出会えて、そして、2001年くらいにやっと自分たちの会社がリリースするものと、マーケットの波長が合い始めた感じがしましたね」
世界中のアーティストやブランドとコラボレーションを続けるBE@RBRICK。その誕生は2000年代初頭にさかのぼります。発想の原点にはKUBRICK(キューブリック)という商品がありました。どれだけ精巧なフィギュアをつくれるかで競っていた時代に逆行する、少ないパーツで構成された、シンプルな構造のトイです。
そして、最初にKUBRICKに目をつけたのは映画会社でした。彼らは前売りチケットに登場キャラクターのKUBRICKを付けて販売。2001年夏公開のティム・バートン監督の映画『PLANET OF THE APES/猿の惑星』は、当時のプレミアム・チケットの売り上げ新記録となります。
『KUBRICK PR08 PLANET OF THE APES』(2001年4月発売 ※特別鑑賞券に付属)。KUBRICKがブレイクするきっかけとなった映画のノベルティ。Planet of the Apes™ & ©︎ 2026 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved.
「そこからいろんな映画会社さんや代理店さんからオーダーをいただいて。『絶対無理、こんなに引き受けられない』という状況になったんです。でも、『新作でこういうものをやるのは楽しいよね』と話しているときに、『とりあえずさ、頭とお腹を作ってクマにしてさ』というアイデアが生まれたんです。『新しい金型はつくらずに、ペイントを変えるだけでいけるじゃん』って。それが結果的にヒットしたので、手と下半身はキューブリックのままなんですよ(笑)」
ゆえに、よく見るとBE@RBRICKの造形には少し違和感があります。
「はい、バランスおかしいですね。最初は松本弦人(アートディレクター/グラフィックデザイナー)さんに言われました。優秀なデザイナーの方は皆さんおっしゃいます。でも、“だから良いのかもね”とも言っていただけて」
一方で、BE@RBRICKは実はしっかりと時代を見据えた商品であり、「デジタル時代のテディベア」というキャッチコピーもつけられました。
「2001年というのは、インターネットが普及し始めた頃でした。世界の仕組みが変わるくらいの衝撃があったんです。以前は、アメリカの分厚いトイ雑誌を見て電話で『取っておいてください』と頼む。そんな買い方が普通でしたが気付いたらホームページができて、クリックひとつで何でも買えるようになっちゃった。『なんて便利なんだ!』 と驚きましたね」
ただ、そんな時代の潮流を察知しながらも、インターネットやITといった新たなビジネスにそのまま乗ることはしませんでした。
「そこには全然興味がなくて。 むしろそのメソッドというか、このツールを使ってどうおもちゃをサプライしていこうかと考えたときに出てきたのが、BE@RBRICKだったんです」
重要なのは、BE@RBRICKが「通販/ネット時代」に適応するための「形」でもあったということです。赤司社長の、消費者としての感性もバランス良く融合した瞬間でもあります。
「BE@RBRICKは形が同じなので、そこにある記号性や色味、背景やストーリーさえわかれば、お店に行かなくても即時認知ができる。インターネットでバシャバシャ買える。“これはすごいぞ”と。そういう意味で、デジタル時代のテディベアなんです」
セレクトショップBEAMSの設楽社長は、そんなBE@RBRICKを見て「Tシャツを発明したようなものだ」と語りました。まさにTシャツ感覚、だからこそ後にアートともファッションとも接続できたといえます。
BE@RBRICKの誕生をきっかけに、メディコム・トイは海外アーティストとのコラボ商品も積極的に展開していきます。
「先ほどお話しした、元『ZAAP!』のスタッフのつながりの中に、裏原宿のメーカーさんがたくさんいらしたんです。その流れで、海外のアーティストがいろいろと入ってきてくださったわけです。1番のキーパーソンはKAWSでしょうね、OriginalFake(オリジナルフェイク)というブランドを一緒にやりましたから」
『BE@RBRICK KAWS 400%』(2002年8月発売)。©︎ KAWS..26
その発言からは、「世界的なメーカーになる」という野心はあまり感じられません。
「他の国の人がうちの商品を喜んで買ってくれると嬉しいな、くらいはあったかもしれないですね。そのくらいだと思います」
現在では、BE@RBRICKをはじめメディコム・トイの商品を待ち望むファンが世界中に存在しています。なぜここまで広く愛されているのでしょうか。
「恋人同士でも夫婦でもいいですが、相手のすべてをわかるわけではない。それこそがとても楽しいことであり、長く続く理由なのかなという気がするんです。僕自身、メディコム・トイの正体がよくわかってないんですよ、本当のことを言うと(笑)」
「スタッフも増えましたし、外部からの依頼もあります。そうなると、ある企画が自分の頭だけでは想定できない膨らみ方をするんですよね。その辺が入り混じりながら、結果的に変異体のように姿を変えていくみたいなところが、会社の一番の魅力になっているんじゃないかなと感じています」
正体がわからないことを、逆に魅力として捉える。その感覚こそが、メディコム・トイという存在を長く魅力的にしているのです。
2026年は、BE@RBRICK誕生25周年という記念すべき年です。BE@RBRICKに関して、これだけは譲れないというポリシーやルールのようなものはあったのでしょうか。
「飽きずに続けていくことだったり、BE@RBRICKというIPに対して、鮮度の高い面白いことをトライさせてあげられるか? みたいなところは重要な気がしています。無理なことをさせても仕方がないので、無理なことはさせないんですけど。彼(BE@RBRICK)は、結構守備範囲が広いので、いろいろとうまくマッチングしてくれるみたいなところはありますね」
その口調から、BE@RBRICKはただのキャラクターではなく、子どものような存在であることがわかります。
「そうですね。全部の商品が子どもなのでBE@RBRICKだけじゃないんですけどね。お客さんとお仕事するうえでルールがあるとすれば、どちらかが不幸になりそうな取り組みはしないことです。マッチングの度合いが低く、やらない方がいいのでは? みたいなことはたまにあります」
この判断基準は、30年続いてきた会社の“体温”のようなものとして息づいているようです。その自然体な取り組みは、日本や東京らしさでもあるのでしょうか。
「すごくナチュラルに、『こんなものがあったらいいな』っていうところからの着想で、『それをつくるにはどうしたらいいんだろう』みたいな。最初に答えありきで、逆引きでつくってくパターンが多いような気がします。なので、東京発とか、ジャパンカルチャー発とかは、まったく考えたことがないです」
韓国のメーカーからBE@RBRICKのゲーム(BE@RBRICK HEROES)が発表され、パジュに大きなコンセプトカフェ(BE@RBRICK CONNECT)がオープンするなど、今年も世界中でさまざまな展開が生まれています。
また自分たちで仕掛けた海外展開として、1000%のBE@RBRICKをキャンバスに世界中のアーティストが参加するアート展「BE@RBRICK WORLD WIDE TOUR」があります。
そして2026年は、メディコム・トイ設立30周年でもあります。
「弊社が毎年7月に開催しているエキシビションで、今年は30周年を記念して30人のアーティストを招聘した企画をやります」
カテゴリーありきではなく、「この人たちと何かやってみたい」という視点で選ばれたアーティストたち。それがどんなものになるのか、今から期待が高まります。
では、これからのメディコム・トイはどのようなものになっていくのでしょう。
「スヌーピーの原作者であるチャールズ・M・シュルツさんの名言の中に、『手持ちのカードで勝負するしかないんだ』というセリフがあります。皆さんそのまま受け取ることが多いですが、実際に自分が持っているカードを広げてみて5枚なら5枚。 『いやいや、キミが持っているカードって貸してもらえるよね?』って。そういうこともあるわけですよね。
カードは手元にある5枚だけじゃないんだというところに、割と早いタイミングで気付けたんです。それが、BE@RBRICK含めいろんなものが世の中に広がってくれたきっかけにもなってくれてるのかなって。でも、本当に自分がやりたいことがなんなのかと考えたときに、きっと面白いことがしたいだけなんですよ。生涯おもちゃ屋です、私は」
この言葉から見えてくるのは、メディコム・トイが「老舗メーカー」ではなく、「現在進行形の熱中」として続いているということです。
最後に、これを読んだ世界中の方々に向けたメッセージをもらいました。
「極東の国に、こんなトンチキでわけのわからないメーカーがあって。深掘りしてみると、『こんな人ともこんなことやってんの?』みたいのがわかると、きっと楽しいと思います。ぜひ、お買い物を楽しんでください」
BE@RBRICK TM & ©︎ 2001-2026 MEDICOM TOY CORPORATION. All rights reserved.
株式会社メディコム・トイ代表取締役社長
東京都出身。1996年、株式会社メディコム・トイを設立。
「マーケティングに基づく商品開発ではなく自分たちが欲しいものを作る」をコンセプトに特撮、アニメ・コミック、映画等のキャラクターフィギュアを企画製造。2000年に自社オリジナルブロックタイプフィギュア「KUBRICK」、2001年にクマ型の「BE@RBRICK」を発表し、国内外のアーティスト、ブランド、企業とのコラボレーションを多彩に展開。他にもテキスタイルブランド「FABRICK®」やアパレル類を扱う 「MLE」など多岐にわたる事業を展開。現在、直営店舗は「MEDICOM TOY TOKYO」「東京スカイツリータウン・ソラマチ店」「MEDICOM TOY PLUS」「MEDICOM TOY NEXT」「MEDICOM TOY PLUS NAGOYA」「MEDICOM TOY WEST」の6店を展開。2026年4月には、韓国にギャラリーストア・カフェ「BE@RBRICK CONNECT」をオープン。
HP:https://www.medicomtoy.co.jp








