2025.10.09
喫茶店やレストランのショーウインドウに並ぶ、本物そっくりに再現された「食品サンプル」。実は日本発祥のもので、日本独自の文化として今世界から注目されているって知っていましたか? 食に関する専門店が集まる合羽橋にある『元祖食品サンプル屋』で、その歴史や魅力を深掘りします。
「食品サンプル」とは、喫茶店やレストランなど飲食店の店頭に並べられた、その店のメニューを本物そっくりに再現した立体模型のこと。1920年ごろに日本で誕生したと言われています。客に料理の見た目や内容、ボリューム、値段などを視覚的に伝えるために店頭に並べるものですが、欧米などではほとんど見かけられない、日本独自の文化なんです。
外食が急速に一般化した1920年代に「食品サンプル」は普及しました。当時、地方の人々が都会に押し寄せたのですが、都会のレストランに慣れておらず、メニュー表の文字だけではどんな料理か想像できない人々に、店員がいちいち説明する手間を省くため、視覚的に伝えられる「食品サンプル」は欠かせない存在になっていったと言います。また、「食品サンプル」は器も料理も実物大が原則のため、お店に入る前に料理の内容や値段を把握することができ、安心して食事を楽しめたと言います。
日本ではじめて「食品サンプル」の製作所を創業し事業化したのは、合羽橋や東京スカイツリータウンなどで『元祖食品サンプル屋』という専門店を展開する「イワサキ・ビーアイ」の創始者の岩崎龍三と言われています。1932年に製作された、第一号とされる「食品サンプル」はオムレツでした。龍三の妻が台所でつくったオムレツのしわまでも忠実に再現されたサンプルは、本物と見間違えるほどリアルだったとの秘話が残っています。
1970〜1980年代までは「食品サンプル」は「ロウサンプル」とも呼ばれ、溶かしたロウを素材につくられており、その製作は職人ならではの腕と技術を要するものでした。しかし、熱や光に弱く変形しやすいという弱点があり、その後、合成樹脂へと移行。
つくり方としては、本物の料理見本を食材ごとに分解し、その食材ごとにシリコンで型をとります。その型に合成樹脂を流し込み、オーブンで加熱。硬化したパーツにエアブラシや筆などを使って着色をし、食器に盛り付けをして出来上がり。
合成樹脂になったことで耐久性がアップしただけではなく、細かいパーツも精密につくれるようになったため、本物そっくりな精巧さに磨きがかかりました。そして再現できる料理や食材の種類もグンと増加。日本のものづくりならではというべきこだわりが、さらに表現できるようになったのです。
そんな食品サンプルは今、海外の方を中心にアート作品やお土産として注目を集めています。もともとは飲食店からのオーダーを受けるショールームだった『元祖食品サンプル屋』も、その需要に合わせて一般消費者向けの専門店としてオープン。今では「食品サンプル」の素材を用いたたくさんのアイデアグッズが販売されています。本来のつかわれ方ではない、お土産用など一般消費者向けの食品サンプルの売上は、今では全体の約15%ほどにも達しているそうです。食のリアルさを雑貨で楽しむカルチャーが形成されたのです。
ほかにも人気商品は、ハンバーガーやじゃがバターの中心にメモや名刺などを挟めるクリップなど。
現在、合羽橋にあるいくつかの「食品サンプル」専門店では、食品サンプルづくりを体験することもでき、これが日本独自の体験文化として、国外問わず定着しつつあります。
『元祖食品サンプル屋』では、伝統の技である昔ながらのロウをつかい、スタッフが実演しながら指導してくれるので、初めてでも楽しくつくることができるそう(ひとり3,300円、所要時間40分ほど、要予約)。早速体験してみました。
まずは動画を見て、ぬるま湯に液状のロウを垂らし、水中でかたちづくるという、ひととおりの流れやつくり方を確認します。
体験でつくることができるのは「天ぷら」と「レタス」。天ぷらは衣を自分でつくるので、中身になる具をまずは2品選びます。えび、なす、かぼちゃ、しいたけ、ピーマン、れんこん、さつまいもから選べました。
スタッフの方の実演を見て、細かいつくりかたを再確認。天ぷらの衣は高い位置からロウを落とすことでロウが泡立ち、衣のような見た目に!
レタスは白と緑のロウ2色を使用。白いロウを長方形に広げ、半分くらいかぶるように、その上に緑のロウをのせます。
つくったロウサンプルはもちろん、持ち帰ることができます。
日本人のこだわりがつまった、本物そっくりの「食品サンプル」は、飲食店のためのツールから、アートとして評価され、雑貨や土産物へと広がり、体験型文化としても定着。これからもどんどん進化して私たちを驚かせ、そして魅了することでしょう。