メイド・イン・ジャパンの名品ー吉田カバン『ポーターのタンカー』の軌跡

革新と信頼を背負ってきた日本の名作『ポーターのタンカー』。その原点にあるのは戦後の混乱期を生き抜いた一人の職人の“カバン作りへの情熱”でした。吉田カバンのバッグは、大量生産や効率化とは一線を画し、職人の手によって今なお丁寧に仕立てられています。1983年に誕生した『ポーター』の“タンカー”シリーズは、MA-1の要素をカバンに落とし込んだエポックメイキングとして、今では世界中の人たちから支持を得ています。

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時代を超えて受け継がれる職人の技

長い歴史を持つ吉田カバン、今回その名作への道のりなどマーケティング部・担当者にお話をお伺いしました。

「創業者の吉蔵(きちぞう)は職人でありながら、経営者でもあり、アイデアマンでもありました。それは世界で初めてYKKと一緒にファスナー開発から進め、カバンのマチ幅が変えられる画期的なエレガントバッグなど、商品開発に力を入れていました」(吉田カバン担当者)。
 
こうして吉蔵氏は1962年に自社ブランド『ポーター』を立ち上げ、肉厚なグローブレザーを使用したトラベルバッグを作るなど、これまでにないバッグを世に送り出していきました。この背景には、若手社員の活躍もあったそうです。
「吉蔵は当初から世界にも目を向けていて、自分の子ども達を海外に留学させたり、世界を見てきた若い世代を社員に招き入れたりしていました。そういったこともあり、1981年には当時のチーフディレクターが世界的著名デザイナー集団ニューヨーク・デザイナーズ・コレクティブのメンバーに選出されました」(𠮷田カバン担当者)。

創業者の「吉田吉蔵(よしだきちぞう)」は1906年明治生まれ。関東大震災や第二次世界大戦といった激動の時代を過ごしてきた人で、“長く愛用していただけるカバン”作りを目指し吉田鞄製作所(現吉田カバン)を立ち上げた。

マチ幅をジップで調整できる「エレガントバッグ」。当時の生活様式に寄り添ったこのバッグは大ヒットした。

ミリタリーの再解釈が産んだ革命的バッグ『タンカー』の誕生

世界から評価を得ていく中で、更に面白いカバンをと、吉田カバンは1983年にアメリカ空軍のフライトジャケットの素材やディテールをモチーフにした画期的なカバン『タンカー』を発表します。
 
特徴は、ヴィンテージのMA-1のエッセンスをトラベルバッグに落とし込んだこと。そのため生地は、オリジナルで開発し、表地と裏地で色と素材を変更。また、タグやボタン、ジップといった箇所に経年変化が出るよう設計するなど、細かいところまでディテールにこだわりました。
 

ロゴは、経年変化でヴィンテージ風に味が出てくるように設計されています。

ジップも使うほどに味が出てきます。写真右は1stモデル。

発売当初からリニューアル前までは、フライトジャケットにも使われているボタンのように、あえて使っていくうちに塗装が剥がれていくデザインを採用していた。

ステッチを何本も施すことで強い耐久性を実現。

「当時は東京の職人さんに依頼して作っていただきました。これまでにないカバンだったので、生地にミシンがうまく通らなかったり、裁縫が甘かったりと試行錯誤を繰り返し誕生したそうです。ただ、当時のカバン市場としては、メンズがファッションバッグにこだわるという時代でもなければ、ミリタリーファッションがはやっていたわけでもなかったので、ほとんど売れていなかったそうです」(吉田カバン担当者)。

ただ、このユニークな発想で生み出された『タンカー』シリーズは、珍しいものが好きなカバン屋やスタイリストや雑誌編集者といった一部の人から注目を集めていきます。

 

裏原宿とともに火がついた“タンカー・ムーブメント”

「実は『タンカー』は発売当時はあまり売れなかったんです。ごく一部の方が、面白いと言って買ってくださいました。その中に感度の高い方々がいて、それがスタイリストさんや雑誌編集者さんでした。彼らがファッションコレクションなどで持ち歩いてくれて、認知が徐々に広がっていきました。」(吉田カバン担当者)。

1999年のファッション誌に掲載されていた「タンカー」の記事。

 「藤原ヒロシさんもそのひとりで、気に入っていただき、別注バッグを作ることにもなったのです」(吉田カバン担当者)

それが1990年代に裏原宿のストリートで爆発的なブームを起こした裏原ブランドのひとつ、『グッドイナフ』との別注。当時は別注やコラボレーションではなく“ダブルネーム”と呼ばれており、『ポーター』の『タンカー』シリーズもに新しい風を吹かせました。レコードが収納できるカバンや、ショルダーバッグを腰で巻けるようにしたカバン(現ヒップバッグ)など、次々とヒット作を生み出していきます。
 
「別注では、レコードバッグもそうですが、これまでになかったものばかりでした。そのためデザインや作り方など、すべてがゼロからのスタート。でも私達は吉蔵が掲げた“一針入魂(いっしんにゅうこん)”の精神と情熱で実現してきました。『グッドイナフ』とのコラボレーションアイテムは、どれも人気商品になりました。ヒップバッグを肩から掛けるスタイルの流行の発信源も藤原さんでした」(吉田カバン担当者)。
 
雑誌や口コミを通じてファッションシーンで火がついた『タンカー』シリーズ。さらに1997年にドラマで使用されると大ブームに。社会現象と言えるほどになったのです。
「主演の方が普段からタンカーを愛用されていたこともあり、ドラマでも使っていただいたようなのですが、放映翌日は朝から電話が鳴りっぱなしで。職人が一つずつ作っていることもあり、すぐに対応することもできず。とにかくその反響に驚いたそうです」(吉田カバン担当者)。

こうして『タンカー』シリーズは、ファッションシーンにとどまらずビジネスシーンにも受け入れられ、確固たる地位を確立することとなり、今もなお支持を得ています。ひとりの職人とその仲間が立ち上げた吉田カバンは、さまざまなハードルを乗り越え、新しいカバンを生み出し、多くの人に支えられながらブランドを成長させてきました。

ブランド紹介

吉田カバン

吉田カバンは1935年の創業以来、日本製にこだわりカバンを作り続けてきました。創業者の精神である「一針入魂(いっしんにゅうこん)」を社是に、日本の職人たちがひと針ひと針を丁寧に縫い合わせていくように、素材作りからデザイン、縫製にいたるすべての工程において手を抜かないもの作りを行っています。「PORTER」「POTR」「LUGGAGE LABEL」などのブランドを展開しています。

HP:https://www.yoshidakaban.com

Instagram:porter_yoshida_co.official

Photo: Shida Yuya / Text: Aizawa Shuichi(PineBooks Inc.)