ゴジラやウルトラマンなどの有名なキャラクターから、個人のアーティストが考えたオリジナルのキャラクターまで、いまや数多くのソフビ(ソフトビニール人形)が世界中で生まれ続けています。そんなソフビの歴史は、実は戦後の東京下町から始まりました。いまや多くの人を魅了するソフビという文化は、どのように生まれ、どのように継承されてきたのでしょうか。その黎明期から深く関わる伝説の会社、そして伝説の職人を訪ねてみました。
ソフビが日本で最初にブームになったのは昭和中期の1966年。『マルサン』という会社が、ソフトビニール製の怪獣人形を発売したことがきっかけでした。その『マルサン』の六代目社長、神永英司さんによると、『マルサン』はもともとブリキ玩具やプラモデルを主に作っていたそうです.
「浅草に本社があった『マルサン』は、戦後の1953年にブリキ製のキャデラックをヒットさせるなど、ブリキ玩具を中心に作っていた会社でした。戦後の日本は玩具が輸出産業の柱の一つで、下町に多くの玩具会社が栄えたんです。やがて1960年頃を境に、『マルサン』の主力商品はブリキからプラモデルに移行します。1964年に「ゴジラ」のプラモデルを発売してヒットしました」
1966年になると、怪獣特撮番組『ウルトラQ』のテレビ放映が開始されます。平均視聴率が30%を超え、空前の怪獣ブームが巻き起こりました。『マルサン』としては、小学校中学年以上が対象だったプラモデルに加え、それより下の年齢層をターゲットにした怪獣玩具を出そう、ということになったそうです。怪獣ソフビ人形の誕生です。
『ウルトラQ』第5話に登場した怪獣『ぺギラ』
日本最初の本格的なソフトビニール人形は、1954年の増田屋の「ミルク飲み人形」だと言われています。その数年後に『マルサン』も同様のソフビ製「マミードール』を発売します。怪獣ブームを受けて、次はソフビで怪獣をやることになったのです。怪獣ソフビの製作は、幼児向けの愛らしい動物ソフビを作っていた島田トーイという会社に外注しました。動物ソフビを作っていた原型師が怪獣の原型を作ったので、『マルサン』の怪獣ソフビもかわいらしい感じになったのです。」
1967年の映画『宇宙大怪獣ギララ』に登場する怪獣『ギララ』
『ウルトラQ』第18話に登場した怪獣『ぺギラ』
『ウルトラマン』第11話に登場した怪獣『ギャンゴ』
1966年5月に発売された『マルサン』の怪獣ソフビは、瞬く間に大ヒットしました。『ウルトラQ』だけでなく、続いて放映された特撮番組『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』の怪獣、東宝のゴジラや大映のガメラなど、続々とラインナップを拡大し、日本中の子供たちを夢中にさせたのです。
怪獣ソフビで日本の玩具史に金字塔を打ち立てた『マルサン』ですが、怪獣ブームが一段落した1968年に倒産してしまいます。スロットレーシング玩具への投資過多が、会社経営を逼迫したためです。
「『マルサン』は倒産後、1969年に再建しました。ちょうど『ウルトラマン』の再放送が人気になるなど怪獣ブームが再燃した頃だったので、再び怪獣ソフビを作ろうということになりました。しかし、ウルトラマン・シリーズの版権は既に他社に取られてしまっていたのです。そこで版権怪獣を真似たオリジナル怪獣ソフビを、1970年に大量に発売しました」
『ウルトラマン』や『ゴジラ』映画に登場する有名な怪獣にどこか似ている新生『マルサン』のオリジナル怪獣ソフビたちは、「ウルトラ怪獣シリーズ」と名付けられました。通常の玩具と流通が異なり、玩具屋やデパートではなく地方のお土産屋などで売られたそうです。
そんな怪しい雰囲気漂う「ウルトラ怪獣シリーズ」ですが、そのユニークな造形が魅力となり、いまでは版権怪獣をしのぐ人気がある怪獣もいます。
『ウルトラマン』に登場した『メフィラス星人』にどこか似ている『フラン星人』
『ウルトラQ』に登場した『ガラモン』に見た目や名前が似ている『ガルゴン』
1970年代半ばになると第二次怪獣ブームも終わり、あれほど人気だったソフビも下火となります。『マルサン』はソフビの製造を終えて、玩具用のゼンマイやキャンディトイへと製作の軸を移しました。
しかし1980年代になると、子供のころに遊んだ怪獣ソフビをヴィンテージ・アイテムとして買い集めるコレクターが増えていきます。彼らの中から「かつての『マルサン』の怪獣ソフビを復刻してほしい」という声が高まったため、『マルサン』はソフビの復刻販売を始めることになります。1990年代から、過去の怪獣ソフビの復刻を続け、版権怪獣からウルトラ怪獣シリーズまで、数多く復刻しています。
さらに、近年は海外展開を積極的に行っている『マルサン』。
2017年くらいからは海外からのソフビの問い合わせが増え始め、2017年に台湾のトイフェスに参加。以降、海外展開を積極的に行っています。ゴジラや円谷怪獣などの版権怪獣が、USや台湾で人気で、最近はメキシコやイギリスでもポップアップを展開しました。『マルサン』のオリジナル怪獣を面白がってくれる海外のお客さんも増えてきたので注力しています。」
『ゴジラ』のソフビは復刻品も新作も海外で人気
60年近く前に東京下町の小さな会社が生んだ怪獣ソフビが、倒産を乗り越えて作られ続け、世界中に届けられているのは、ある種の奇跡といっていいでしょう。この紆余曲折を経て続く長い歴史が、ソフビを単なる「玩具」の枠を超えて「文化」として定着させたのです。
『マルサン』とともにソフビの歴史の生証人ともいえる、日本のソフビ黎明期から塗装を続けている職人、後藤 博さんの仕事場を訪ねてみました。
後藤さんの工房は、東京葛飾区の下町にあります。昭和のソフビ・ブームの頃は周辺に玩具工場や彩色工場がたくさんあったそうですが、今ではほとんどなくなり、住宅街になっています。塗装職人も、後藤さんが最後に残った一人だそうです。工房は、さまざまな色の塗料や使い込まれた塗装具が所狭しと並べられ、歴史の重みが感じられます。
『後藤彩色所』の後藤博さん、通称「マスター・ゴトウ」
近年の『マルサン』のソフビをはじめ、さまざまなメーカーやアーティストのソフビを塗装する後藤さんの技術は、後藤さんの技術は、日本だけでなくアメリカ、中国、メキシコなど海外ファンにも広まり、「マスター後藤」のもとには世界中から塗装依頼が寄せられています。昭和の時代から磨かれ続けてきた技術が、世界を魅了しているのです。
今回、その後藤さんの塗装プロセスを特別に取材させていただきました。
焼酎のペットボトルに入った、独自に調合した塗料の数々を素早く混ぜて鮮やかな色を作り、トリガー式のエアブラシで、迷いなく大胆かつ迅速に色を付けていく後藤さん。その豪胆な姿は、まるで歴戦の剣豪のようです。
一通り塗り終えると、今度は暗い色の塗料を全体に吹き付け、即座に拭き取ることによって、ソフビに深い陰影をつけていきます。下地の塗料が剝がれないよう独自に調合した塗料だからできる、後藤さんならではの技術だそうです。塗料はすぐに乾き、瞬く間に見事な塗装のソフビが完成しました。
昭和の時代から長年ソフビを支え続けてきたメーカーや職人が存在するからこそ、ソフビという文化が熟成し、愛され、新しい才能を育てる豊饒なフィールドになっているのだと実感します。彼らが築いてきてくれた歴史を受け継ぎ、新しいメーカーや若いアーティストたちが、ソフビの新しい歴史を紡いでいくことでしょう。