手仕事に想いが宿る。『THE NORTH FACE』×刺し子

日本のクラフトマンシップと最新アウトドアテクノロジーを融合した『THE NORTH FACE』のJAPAN COLLECTIONが本格始動。岩手県大槌町で刺し子という伝統的な手仕事の可能性を広げているサシコギャルズとのコラボレーションアイテムをリリースしました。ものづくりの背景や魅力に迫ります。

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日本のものづくりを再解釈したJAPAN COLLECTIONとは

『THE NORTH FACE』は、日本のクラフトマンシップや素材開発の技術、そして循環型ものづくりの思想を、アウトドアブランドとしての機能性と組み合わせながら再構成するJAPAN COLLECTIONを2025年12月より展開しています。

単なる和の意匠にとどまらず、日本が育んできた文化を『THE NORTH FACE』の視点で再解釈し、日本の技術力を駆使した素材開発によって現代のプロダクトへと落とし込んだラインです。

このたび発売となった、刺し子、ドリフトダイ、ナチュラルダイドパーテックスという3つのシリーズは、それぞれが異なる背景や素材特性を持ちながら、どれも『THE NORTH FACE』がこれからのものづくりで大切にしたい価値観を体現しています。

復興から世界へ──刺し子を進化させるサシコギャルズ

JAPAN COLLECTIONが伝統文化を現代に結びつける取り組みのひとつとして取り上げたのが刺し子。江戸時代に東北地方を中心とした寒冷地で広まった暮らしの知恵で、木綿が手に入りにくいため、衣服を少しでも温かく、そして長く使うために、布を重ね、その上から細かな針目で糸を刺して補強していました。伝承の過程で、次第に模様や運針に工夫が凝らされ、日常の中で自然と美意識が育まれていきました。こうして、生活に根ざした手仕事が刺し子という独自の文化として現代まで受け継がれてきました。

貴重だった藍染めの木綿布を刺し子で継ぎ接ぎしたものは襤褸(ぼろ)と呼ばれ、その歴史的価値や芸術性に魅せられた愛好家が世界中にいる。写真の着物は、おそらく江戸時代末期から明治時代頃まで使われていたもの。

ブランドロゴのすぐそばを、ひと針ずつ確かめながら刺していく。繊細な作業に向き合う職人の集中力が、静かに伝わってくる。

今回『THE NORTH FACE』がJAPAN COLLECTIONでコラボレーションしたのは、伝統文化を現代の感性でアップデートし、新しい形で提示する技術集団・サシコギャルズです。スニーカーやぬいぐるみ、バッグからアート作品まで、多様なものに刺し子を施し、可能性を広げています。

伝統を守るだけでは時代との距離が生まれてしまいますが、サシコギャルズは、伝統を大切にしながらも更新することを使命とし、新しい素材や領域に果敢に応用してきました。こうした挑戦が国内外で高く評価され、日本のロックバンドONE OK ROCKやミュージシャンで俳優のジャスティン・ティンバーレイク氏といった著名人らにも愛用者が急増。さらにはあのAppleからのサポートも受けるなど、世界的に注目される存在へと成長しています。

刺し子さんたちが囲んでいるのは、今回発売されるジャケットの裁断後の生地に刺し子を施したもの。互いの手仕事を称え、会話が弾む。

ある職人さんの裁縫用具入れは、いくらの塩漬けが販売される際に使われる木箱。中には、刺し子専用の太く長い針や木綿糸など、仕事を支える道具が収められていた。

サシコギャルズの原点は、2011年の東日本大震災直後に立ち上がった大槌復興刺し子プロジェクト。避難所で心身の負担を抱える被災者の心のケアのために始まりました。サシコギャルズのメンバーで、大槌復興刺し子プロジェクト初期からのメンバーである佐々木加奈子さんは当時をこう振り返ります。

「避難所の狭い区画で、何もできない憂鬱な日々が続いていましたので、避難生活を送る女性たちに、針仕事を通じてもう一度生きる喜びや希望を見つけてほしいといった想いから活動が始まりました。刺し子に集中している間だけは辛い現実を忘れられるので、心のサプリメントのようだと言われたこともあります。最盛期には約200人が参加してくれました」

震災からの復興活動を続けてきましたが、コロナ禍で活動は存続の危機に。そんなとき、13年来の協力者である藤原新さん(アパレル会社MOON SHOT代表)に相談したことが転機になりました。ここで終わらせるわけにはいかないと新たに立ち上げたのがサシコギャルズです。単なる復興支援ではなく、復興のその先を示すことが新しい日本の未来を描く、という理念を掲げ、企業との協業やイベントを通して新たな刺し子文化を発信する活動を続けています。ユニークなプロジェクト名には当初、戸惑いもあったといいます。

「刺し子さんたちは40代から80代と幅広く、技術講習や打ち合わせで集まると本当に賑やかなんです。休憩時間には持ち寄ったお菓子を囲んでおしゃべりが止まらない。その様子を見た藤原さんが、放課後の女子高生みたいだと言って名づけました。最初はギャルという言葉に抵抗はありましたが、今はぴったりだと思っています(笑)」

朝の大槌港で作業する漁師。三陸の豊かな海に面した大槌町は漁業が盛んで、ここから多彩な水産物が水揚げされていく。

大槌町を走る三陸鉄道。どこか懐かしさを感じる車両が海沿いの風景に映える。

高台から望む大槌町の町並み。震災の影響で新しい建物が建ち並ぶ一方、湾を望む静かな風景の中に、漁業を基盤に続いてきたこの町ならではの気配が息づいている。

震災を機に築かれた防潮堤は、津波から町を守る存在でありながら、かつての海岸線の面影を覆い隠す巨大な壁となっていた。

津波の犠牲者の追悼および鎮魂の場・鎮魂の森の中にある地蔵尊の森には、かつて長野県の有志から大槌町の仮設住宅団地へ贈られた52体の小さなお地蔵さんが祀られている。

製品化に際しては、柄の決定から刺し方の設計まで、細かな工程をひとつずつ積み重ねる必要があり、特にヌプシジャケットの肩ヨークに施した伝統文様は、ブランド側の希望に応える形で検討が進められました。刺し子は太い糸を使うため、ひと針ごとに布がうねり、広範囲に模様を施すほど、仕上がり寸法が縮むという特徴があります。その具合を緻密に調整するのは、職人ならではの経験と知識によるものでした。

「初めて聞いたときは本当に驚きました。想像もしていなかった有名ブランドからのお仕事で身が引き締まりましたし、みんなの士気が高まりました。実際に製作に入ると、ブランドの担当者から伝統文様を入れたいとご希望をいただき、こちらからもデザインや素材に合う刺し方を提案しました。こんな柄はないですかとご意見をいただきながら、少しずつ形にしていきました。複雑な図案ほど縮みが強く出るので、柄の配置や刺す順番もその特性を踏まえて決めました。見本どおりに刺すものは、自由に刺すものよりもずっと気を遣うので時間がかかりました」

ヌプシジャケットは、完成品ではなく裁断された布地に刺す。ミシンの縫製の妨げにならないよう、どこで針を止めるかはミリ単位であらかじめ決められており、その仕様に合わせてひと針ずつ丁寧に仕上げた。針目のひとつひとつに注目すると、手仕事ならではのゆらぎが感じられる。

ブーティのシャフト部分の柄は、色や本数などがあらかじめ決められているなかで刺し子さんが自由に刺したもの。一足ずつ、線の形が違っている。

肩ヨークに細かく模様の入ったヌプシはんてんジャケットの製作には、一着あたり1〜2週間ほどを要したといいます。気をつけたのは、集中して作業することと、糸を適切なタイミングで変えること。

「職人の一日の作業時間は、だいたい2時間から4時間ほど。集中力が切れるとうまくいかなくて、縫い目が乱れたり、指に針を刺して血がついたりして、やり直しになってしまうんです。長い糸で縫っていると糸が摩擦で割れるので、作業中に少しでも違和感があれば早めに交換しました。自分の作品なら気にならないことでも、商品となるとそうはいきません」

佐々木さんが最後に、ぜひ注目してほしいと語ったのは、手仕事ならではのひと目ごとの表情です。

「ミシンと違って、長さや間隔、糸の引き具合がひと目ごとに微妙に違います。それが手仕事の風合いになるんです。大槌町のお母さんたちが時間をかけて積み重ねた針目が、さまざまな文様を形づくっています。だからこそ、大事に、長く着ていただけたら本当にうれしいです」

自分の手で刺し子を施したジャケットを、初めて身にまとった佐藤淳子さん(左)と三野宮キミさん(右)。照れながらも、どこか誇らしげな笑顔が印象的。

今回、取材に協力いただいたサシコギャルズのみなさん。左から、佐々木加奈子さん、碇川和江さん、佐藤淳子さん、三野宮キミさん、石井ルイ子さん、菊地広美さん。現在、職人として活躍するメンバーは23名。

伝統文化を現代につなぐ刺し子アイテムが誕生

サシコギャルズと『THE NORTH FACE』のコラボレーションによって形になった刺し子シリーズは、ダウンジャケットからTシャツ、ブーツまで全5型を展開。卓越した職人技から生まれるいわば一点もので、その価値を感じながら愛着を持って長く使い続けられる商品です。デザインだけでなく、着心地ももちろん抜群。いずれも『THE NORTH FACE』の定番アイテムがベースになっているので高い実用性を備えています。その目玉となるのは、1992年に登山用として登場し、今では街着としても人気の高いヌプシジャケットを、江戸時代の庶民の防寒着のはんてん風にアレンジした一着。はんてんの特徴であるゆったりとした肩まわりやジップレスのフロントを取り入れつつ、ヌプシジャケットらしい高い保温性も継承しています。肩のダウンパネルは丈夫な厚手生地に切り替え、デザイン性と補強の役割を兼ねた刺し子を施しました。日本の伝統文化の趣とアウトドア由来の実用性を両立させた傑作品です。

三角形を組みあわせた文様は、山岳用テントなどに採用されている『THE NORTH FACE』独自のトラス構造が由来。アウトドアにも通ずる幾何学模様にロゴが美しく調和する。

背面にも刺し子の伝統的な紋様が。数十種類ある中から、麻の葉、竹で編んだ篭を模した篭目、段つなぎや米刺しなどの柄を採用。

表地は、植物由来の原料を元に、微生物の発酵によってつくられるタンパク質繊維素材、ブリュード・プロテイン™ファイバーを採用(後述)。Mサイズ、Lサイズ、各3着ずつの限定生産。ブリュード・プロテイン™ ヌプシはんてん刺し子ジャケット 550,000円

バイカラーデザインのこちらは、左肩、左腕、背面右肩の3か所に配したブランドのロゴ刺しゅうやワッペンに刺し子を施した。ボディカラーに合わせた赤い糸で遊び心を添えている。

頭文字を縁取ったり、ブランドの象徴であるハーフドームにジグザグに刺したり……。刺し子の楽しさが表現されている。

数量限定生産。ヌプシはんてん刺し子ジャケット 154,000円

Tシャツは、胸ポケットのブランドロゴ刺しゅうに刺し子が添えられ、シンプルななかに手仕事の温もりが宿る仕上がりになっています。コットン100%でありながら化学繊維に近い速乾性を備え、ランニングウェアにも使用されるボディを採用。日常からアクティブシーンまで快適に過ごせます。

刺し子が施された胸ポケットのロゴ。速乾性の高いボディは、旅行から普段使いまでさまざまなシーンで活用したい。襟ぐりのリブは、よれにくいバインダーネック仕様。

裾にはサシコギャルズとのダブルネームを表すタグが。通常はピンクとネイビーの配色だが、本商品では黒一色の特別版。

フラッシュドライ™ネイチャー刺し子Tシャツ 半袖 19,800円、長袖 22,000円

冬の環境に適した保温性の高い700フィルパワーの高品質なダウンがたっぷりと封入され、厳しい寒さに対応するブーツ。シャフトに施された刺し子が手仕事ならではの表情を添えます。履き口に刺したのは、豊作を願うという意味が込められた伝統柄の米刺しで、漢字の米を刺し子でかたどったもの。

履き口とシャフト、さらにアッパーのロゴ部分に刺し子をあしらった。

数量限定生産。ブリュード・プロテイン™ヌプシダウン刺し子ブーティ 242,000円

日本で古くから親しまれてきた“はんてん”をモチーフにしたジャケットは、ブランド初の試み。そこで、数量限定生産のサシコギャルズとのコラボレーションモデル以外に、刺し子を施さないはんてん型のヌプシジャケットも同時にリリースしています。

すべてのはんてんジャケットはパッカブル仕様。付属のスタッフバッグに収納してコンパクトに持ち運べるので、気温が予想しにくい旅先への携行に便利。

ヌプシはんてんジャケット 39,600円

サシコギャルズと『THE NORTH FACE』による、日本の手仕事をクリエイティブな領域へと進化させた名品の数々。注目すべきはデザインだけではありません。ブランドのロングライフなものづくりに対する想いは、生地の素材選びにも表れています。

新素材の開発によってこれからのものづくりを示す

刺し子の伝統的な技法に加えて、JAPAN COLLECTIONでは未来へ向けた素材開発にも挑戦しています。その象徴となるのが、今回の注目アイテム、ブリュード・プロテイン™ ヌプシはんてん刺し子ジャケットです。これには、日本のバイオ素材メーカーのSpiber社が開発した新素材、ブリュード・プロテイン™ファイバーが採用されています。

ブリュード・プロテイン™ファイバーとは、植物由来の糖を原料にしてつくられるタンパク質繊維素材。自然界のタンパク質をヒントに微生物発酵によって生成する次世代の繊維です。主原料を石油や動物に頼らない素材づくりによる環境負荷の低減や、循環型社会への貢献が期待されており、まだ生産拡大の途上ながら、可能性の大きさから世界中で注目されています。

『THE NORTH FACE』はその将来性に注目し、これからのものづくりを示す挑戦として、現時点で実現できる形で採用を進めています。

ブランドロゴの下には、ブリュード・プロテイン™ファイバーを開発したSpiber社のロゴが添えられている。ふたつのロゴは、このプロダクトが日本のものづくりの精神と確かな品質に支えられていることを意味する。

表地は、日本国内で流通する『THE NORTH FACE』の商品開発を手がける株式会社ゴールドウインが開発に携わった環境配慮ナイロン91%とブリュード・プロテイン™ファイバー9%を組み合わせたBPナイロン。コットンのようなやさしい手触りと、日常使いにも耐えうる耐久性を備えている。ブリュード・プロテイン™ヌプシはんてんジャケット 99,000円

微生物発酵によって得られたブリュード・プロテイン™ポリマー(上段右)は、用途に合わせてさまざまな形態へ加工できる。写真には、糸として使われる長繊維(左端)や短繊維(上段左)、短繊維を紡いだ紡績糸(下段左右)、さらにポリマーを加工して成形したレザー風素材や樹脂状素材(ともに右端)など、素材がどのように姿を変えていくのかを示す例が並んでいる。

JAPAN COLLECTIONは、日本の手仕事への敬意と、未来のものづくりへの視点が交差して生まれた試みです。刺し子やはんてん、ブリュード・プロテイン™ファイバー──時代を超えて受け継がれた技と、新たな素材や発想がひとつの形になった今回のコレクションは、アウトドアウェアに新しい価値をもたらしてくれるはず。長く寄り添う一着として、この機会に手にしてみませんか。

Photo: Nobuki Kawaharazaki(location), Yuya Shida(product),Kenji Kawanaka(movie) / Text: Ryuto Seno(part2,3) / Edit&Text: Hajime Sasa(pole)