クリエイターが集う、渋谷で最もクールな裏エリア「奥渋」

渋谷駅から徒歩10分ほど、喧騒を抜けた先に広がる「奥渋」エリア。代々木公園の緑と落ち着いた雰囲気が心地よく、個性豊かなカフェやビストロ、雑貨店などが並んでいます。街を歩けば、ここでしか出合えないカルチャーとライフスタイルに触れられるはず。この特集では「奥渋」で数々の人気店を手がけてきた飲食クリエイター、ヤマモトタロヲさんをナビゲーターに迎え、この街の奥深い魅力を探りました。

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個性の強い小さなお店が自然に集まったクリエイティブな街

2023年、グローバルメディア『Time Out』が発表した「世界で最もクールな地域」ランキングで東京・富ヶ谷が10位に選ばれ注目を集めています。今から紹介する「奥渋」は、渋谷駅ハチ公口からBunkamura(旧東急本店)の裏を抜け、神山町〜富ヶ谷(代々木公園駅・代々木八幡駅方面)に至るエリアを指します。ちなみに「奥渋」という呼び方は「奥=渋谷の中心から奥まった場所」というニュアンスから生まれた俗称です。渋谷の喧騒から歩いて10分とは思えないほど、街にはのんびりとした空気が漂っています。
 
 
そんな「奥渋」で数々の人気店を生み出してきたのが、飲食クリエイターのヤマモトタロヲさん。「20年前に引っ越してきたときは、シャッター街のような印象でした。田舎者の自分には郷愁があって懐かしさを感じたんです」と語ります。当時から良店は点在していて、今より家賃が安いこともあり“面白い”を表現したい人々が自然と集まり始めたといいます。

すぐ近くには緑豊かな代々木公園があり、ランニングや犬の散歩を楽しむ人も。奥渋でコーヒーや軽食をテイクアウトして公園でピクニックするのも良し。

映画『PERFECT DAYS』にも登場した『はるのおがわコミュニティパークトイレ』。建築家の坂茂さんがデザインし、透明でカラフルな箱型がユニーク。トイレに入って鍵をかけると不透明に。

鎌倉時代から800年以上も、この地を守ってきた『代々木八幡宮』。周囲の喧騒は聞こえず、穏やかで清浄な空気に包まれています。

鮮魚が食べられる老舗の食事処『魚力』にて仕事中のスタッフをパチリ。名物であるサバの味噌煮定食は、ぜひ食べてほしいです。

ヤマモトさんは、「奥渋」を“いろんな個性の集合体”と捉えています。
 
「世界各国の文化を取り入れながらも、この街は個人店が多いため、店主それぞれが自分なりの表現を大切にしているのが特徴です。触れてきた国の文化を尊重しつつも、日本人らしいホスピタリティと独自性を掛け合わせたオリジナルのスタイルが息づいています」
 
多様な個性が交わることで、小さなエリアであるにも関わらず「奥渋」には唯一無二の魅力が生まれました。今ではアジアから欧米まで世界中の人々が訪れ、デザインやメディアなどクリエイティブ業界のトップランナーたちも集うことで、街の空気はますます豊かに磨かれています。

現在「奥渋」に6店舗のお店を構えているヤマモトタロヲさん。趣味は写真。

昼の「奥渋」を彩る、コーヒー、スイーツ、カフェの名所

「奥渋」にはコーヒーショップやスイーツのお店が数多く集まっています。その背景には街の環境が大きく影響しており、片手にコーヒーを持ちながら散歩したり、緑あふれる代々木公園へ気軽に足を運べることが、このエリアの楽しみ方の一つです。また、チョコレートやエッグタルトなど、一つの商材に特化した個性派ショップが多いのも特徴で、1日を通して多彩な味を楽しむことができます。
 
2012年、サードウェーブのコーヒー文化が日本に入ってきた頃にオープンした『FUGLEN』は、海外からの来客も多く、「奥渋」を代表する名所です。

エアロプレス(空気圧で瞬時に旨味や香りを抽出するコーヒー器具)で豆本来の風味を生かす。

「『FUGLEN』がオープンした当時、浅煎りで酸味のあるコーヒーは日本ではまだ一般的ではなく、とても新鮮でした。今日もいただきましたが、フルーティで体にスッと入ってくる軽さがいいですね」
コーヒーショップでありながら本格的なカクテルを提供しており、北欧のヴィンテージ家具もモダンでスタイリッシュ。思わず長居したくなる空間です。

ノルウェイのヴィンテージ品でコーディネートされた趣のあるインテリア。

山手通り沿いにある『Minimal』は、Bean to Barチョコレートの専門店。ここの特徴は、伝統的なチョコレートのなめらかな口どけとは違うザクザクした食感にあります。カカオ豆を粗い粒度に挽くことで粒が残るように工夫されており、よりダイレクトにカカオの風味を感じることができます。

世界各地で採れたカカオ豆を原料に作られたチョコレートが購入できる店内。

ビギナーにおすすめしたいチョコレートを食べ比べできる体験セット。

ガーナ産のカカオ豆を使用したアイスチョコレートスムージー。

ヤマモトさんと談笑するオーナーの山下さん(写真左)

「オーナーの山下くんの熱意が店内に詰まっていて、そのこだわりはイートインのメニューにも感じられます。人気メニューのアイスチョコレートスムージーは、濃厚でまろやかだけど、なぜか軽くてスイスイ飲めて、絶妙なバランスで成り立っている。創意工夫とチャレンジ精神に刺激を受けます」

『mimet』は、ヤマモトさんの会社が手がけるカフェビストロ。学生時代に芽生えたカフェへの憧れが、この店の出発点になっているのだそう。

「2000年前後のカフェブームに影響を受け、パリのカフェ文化にも強く惹かれました。フレンチやイタリアンで学んだことをベースにしながら、日本のカフェや純喫茶を新しく解釈し、こだわりの料理と飲み物を提供する店を実現したかったのです」

古き良き時代の純喫茶を感じさせるプリンアラモードとメロンクリームソーダ。

『mimet』の建物は、昭和から続く蕎麦屋でしたが、ヤマモトさんはその歴史を尊重し、内装を大きく壊さずに活かす選択をしました。名古屋出身なので喫茶店文化に親しんできたこともあり、プリンアラモードやホットケーキといったメニューを再解釈して取り入れたのだそう。

ビストロからバーへ。ハシゴが楽しい「奥渋」の夜

夜の神山通り。一見静かだが、一本路地に入ると酒好き、グルメ好きな大人たちの笑い声が聞こえる飲食店があちこちに。

夜の「奥渋」には、自然派ワインを気軽に楽しめるビストロやレストランが点在しています。その背景には代々木上原の名店『ル・キャバレ』の存在がありました。毎晩ワイン片手に笑い合う大人たちの姿があり、ヤマモトさんが20数年前に初めて訪れたときは、まるでパリのビストロにいるような気分になったと言います。
 
「あの店の存在が刺激となり、『奥渋』にはカジュアルにワインを楽しめる店が次々と増えていったのではないでしょうか。夕方過ぎからアペロを楽しみ、その後は食事、さらにバーへと移る。スペインのサンセバスチャンのように食べ歩きやハシゴ酒ができるのも、この街ならではの夜の楽しみ方です」

ポルトガル料理の名店『Cristiano’s』の外観

お手頃価格のポルトガルワインと魚介をふんだんに使った小皿料理が楽しめる。

ヤマモトさんの友人である佐藤幸二さんがオーナーを務めるポルトガル料理の人気店『Cristiano’s』。料理とワインを手頃な値段で味わえるのが支持されているポイントです。
 
「魚介と野菜、米を使う料理が多く、やさしくてほっとする味わいだけど、そこには奥深さも感じられます。ポルトガルワインは低アルコールで飲みやすいから、すぐボトルが空に。それでも酔いすぎないのがいいんです(笑)」

店内にはポルトガルで見つけた小物が飾られています。

フレンチレストラン『PATH』は、いつもお客さんが入口前で待つほどの人気店。モーニングで有名になったお店ですが、ディナータイムに訪れるのもおすすめとのこと。
 
「『キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ』で出会った原さんと後藤さんの二人でやっているレストランで、原さんがシェフを、後藤さんがパティシエを担当しています。さまざまなものからインスピレーションを得た独創的なフレンチが味わえるディナーも、ぜひ楽しんで欲しいです」

BGMがレコードから流れていたり、ヴィンテージのスピーカーが置かれているなど音楽に対するさりげないこだわりもいい。

多様な国や文化から着想を得て作られるディナーメニュー

自然派ワインの種類も豊富。

インテリアや小物にはヴィンテージ品がさりげなく取り入れられ、パリのレストランのような雰囲気。奥渋の飲食店をリードしてきた名店です。

食事を済ませたらバーへ。おすすめは宇田川町にある、約100年前の東京で流行った大正モダンなカフェを独自の解釈で現代に甦らせた『The Bellwood』。和洋折衷のユニークなカクテルは、ここでしか飲めない逸品です。
 
 
「ジントニックを飲みましたが、普通のジントニックではなく、わさびとパクチーの香りをつけたジンにライチのコンブチャとセロリ、トニックを合わせていて軽いショックを受けました(笑)」

大正モダンをベースとしながらも架空の和洋折衷な世界を表現した店内。

奥にはガラス張りの小部屋があり、世界のさまざまな国をテーマにした創作寿司とカクテルとのマリアージュが楽しめます。
 
「『ノドグロのニューヨークチーズケーキ寿司』や『ベトナムの赤身のバインミー寿司』、ブラジルをイメージした『穴子のコーヒーカカオ寿司』の3品をいただきました。本当にこの組み合わせで合うの? と半信半疑でしたが、口の中に入れたら不思議なことに合っていて。寿司で世界旅行をさせてくれます。カクテルとの相性も良かったし、まさにここでしか体験できない味です」

散策中に立ち寄りたい、クリエイティブなショップ

「奥渋」の魅力は飲食店だけにとどまりません。狭いエリアの中にはユニークな雑貨店やギャラリー、本屋、古着ショップなどが点在。歩いていると気になるお店に出合えるはず。
 
散策の途中でぜひ立ち寄りたいのが、服と雑貨と花などを扱うショップ『pivoine』。ここでしか出合えない一点もののアンティークや、日本の作家が手掛けたアイテムがセンス良くディスプレイされ、その独自の世界観に惹かれる常連客も多いのだそう。

「この店は妻が店長を務めていますが、ジャンルの幅が広いのがいいんです。『ここは一体何屋さんなんですか?』と言われたくてつくりましたから。みなさん興味を持ってくださり、海外のお客様もよくいらっしゃいます」

『pivoine』の人気アイテムである『NAOT』の靴。履けば履くほど足に馴染むという。

店内のディスプレイがおしゃれで、どこを切り取っても絵になります。

店長の山本さん(写真左)とスタッフの奥村さん。着心地の良さが感じられるコーディネートの写真はインスタグラム(@pivoine.tokyo)でも見ることができます。

最後に紹介するのは、この街のランドマーク的存在ともいえる本屋『SPBS本店』。「奥渋」という名称がまだ存在しなかった2008年にオープンし、独自の視点でキュレーションした本や雑貨が並ぶ“新しいスタイルの本屋”は、クリエイターやアーティストの中にも足繁く通うファンが多いのだそう。

厳選した写真集や世界的に人気の漫画も置いてあります。

本屋がセレクトした古着も気になります。

「とにかく本のセレクトがいいので、以前からよく行っています。僕の仕事に関係する料理本のコーナーもあるし、写真が中心の雑誌なんかも見つけたら買いますね。活字を読むより写真から想像するのが好きなので、そういう本が揃っているところが気に入っています」

ここまで「奥渋」の魅力をさまざまな視点から語ってくれたヤマモトさん。最後に犬と街との心地よい関係について触れてくれました。
 
「代々木公園が近いので愛犬家が多く、犬と一緒に入れる飲食店も自然と増えました。犬が暮らしに溶け込んでいる街だから動物好きにもおすすめできますね。街全体にゆるやかな空気が流れているので、渋谷のにぎわいに疲れたら、『奥渋』でほっと一息ついてみてはいかがでしょうか」

PROFILE

ヤマモトタロヲ

1973年愛知県生まれ。多摩美術大学建築学科卒業後、建築会社を経て料理の道へ。イタリアン、フレンチの店で修行し、2011年独立。渋谷・松濤でビストロ『aruru』をオープンさせた後、奥渋で数々の人気店を手掛ける(現在は6店舗を経営)。店舗の設計からデザイン、メニューとトータルで独自の世界観を表現している。

Instagram:@yama.taro 
HP:http://puhura.co.jp/ 

Photo: Yui Fujii / Text: Hajime Sasa(pole)