「ソフビ」(「SOFUBI」)は半世紀ほど前に日本の子供たちに大流行した「ソフトビニール製人形」の略語。『ゴジラ』や『ウルトラマン』といった、さまざまな怪獣やヒーローのカラフルなソフビが東京の街工場で作られて、当時の子供たちの夢を育んだのです。そのソフビがいま、大人が楽しむ「作品」、あるいは「文化」として再び熱い注目を浴びています。その背景にあるものとはーーーー。
今、なぜソフビが世界を魅了しているのか、それを理解するには、まずソフビの歴史を振り返ってみましょう。
ソフビが日本で最初に爆発的な人気を博したのは1966年のこと。東京の玩具会社であるマルサンが、特撮テレビ番組『ウルトラQ』に登場する怪獣たちのソフビを発売したのです。たちまち生産が需要に追い付かないほどのブームになり、『ゴジラ』シリーズや『ウルトラマン』シリーズの怪獣も発売されるようになります。他の玩具メーカーも続々とソフビ人形の製造に乗り出し、日本中の子供たちが夢中で集めるようになりました。
ソフビはカラフルで軽くて壊れにくいので、子供たちは砂場やお風呂などあらゆる場所で遊び、一日中楽しんだのです。この最初のソフビ・ブームによって、日本の子供たちにDNAレベルでソフビの魅力が刻まれていきました。このブームは1970年代前半まで続きましたが、やがてプラスチック製や金属製の玩具やプラモデルへとブームは移っていきました。
時が経ち、子供の頃にソフビで遊んだ世代が大人になると、彼らの一部は、懐かしさから以前のソフビを再び求め始めました。ソフビは、単なる玩具ではなく、ある世代の幼少期の記憶を象徴する存在だったのです。1990年代には、骨董品をプロ鑑定士が査定する人気テレビ番組でソフビが高額で鑑定されるようになり、ソフビのヴィンテージ価値が広まっていきました。
一方で、大手玩具メーカーではなく、小規模のショップや個人のクリエイター、パンクバンドなどが独自のソフビを作る動きも1990年代に始まります。マルサンの怪獣ソフビのような懐かしいテイストのものから、ストリート感覚のオリジナル・キャラクターまで、自由な発想で少量生産のソフビが生み出されるようになったのです。こうしたソフビは、いつしか「インディーズ・ソフビ」と呼ばれるようになり、少しずつファン層を広げていきました。
こうして、子供の玩具だったソフビが大人たちのコレクターズ・アイテムとして扱われるようになり、ソフビ文化は新たなステージへと進んだのです。
1970年代のヴィンテージ・ソフビ
近年のインディーズ・ソフビ
2000年代以降、より多くのクリエイターがオリジナルの怪獣やキャラクターをソフビで制作し、発表するようになります。そうしたクリエイターの一部は、アメリカ西海岸のストリート・カルチャーや香港を中心としたアート・トイ・カルチャーと呼応し、日本国外でも注目されるようになっていきます。
特に2010年代後半以降は、日本のソフビ・クリエイターたちがアジア各国で積極的に展示会を行うようになった結果、アジア圏での人気が高まっていきます。
HxS「ブルータルA」(2021)
なぜ日本のインディーズ・ソフビが注目を集めているのでしょうか。大きくは2点あると考えます。
ひとつは「多様性」です。インディーズ・ソフビは少数ロットで作ることが出来るため、さまざまな人がクリエイターとして参入しています。怪獣マニア、イラストレーター、タトゥー・アーティスト、美大生、会社員、さらには現代アートのアーティストまで。企業ではなく老若男女の個人が趣味で自由に発想して作る立体物だからこそ、ワイルドなものからマイルドなものまで、クールなものからキュートなものまで、多様な想像力を楽しむことができるのです。
そしてもうひとつは「懐かしさ」です。ソフビはもともと、高度経済成長期の日本で爆発した玩具文化でした。貧しい国から豊かな国に駆け上がる過程で、子供たちが明るい未来を夢想しながら戯れた時代のシンボルであり、その後に一度は廃れた文化です。だからこそ、ソフビはまるで失われた美しい記憶に触れるような感覚を呼び起こすのです。
プラスチック製のフィギュアにはない、柔らかく心地よい手触り。ひとつひとつ手塗りで塗装された、人の温もりを感じさせる彩色。そうしたソフビ特有の安心感のあるテイストが、古い世代にとっては愛おしく、若い世代にとっては新鮮に感じるのでしょう。
実際に人気のインディーズ・ソフビの中には、過去のヴィンテージ・ソフビのオマージュのようなレトロ調の作品も数多く存在します。それらは日本の若い人だけでなく、海外の人にとっても、「ありえたかもしれない懐かしい過去」を感じさせるのではないでしょうか。日本の1980年代のシティ・ポップや歌謡曲が近年になって海外のリスナーに愛されている現象に近いのかもしれません。
ガーガメル「ザゴラン」(2005)
IZUMONSTER「ヴァルハラ」(2021)
そんなソフビ文化の最前線に触れることができるのが、東京の秋葉原にある『まんだらけCoCoo』。日本最大級のソフビ専門店として、世界中からソフビ好きが集まるこの店は、さながらソフビの博物館です。広い店内には、インディーズからヴィンテージまで、数々のソフビがジャンルごとにガラスケースの中に整然と並べられています。
「まんだらけCoCoo」店内
同店の藤田哲平店長に話を伺うと、近年はヴィンテージ・ソフビが特に人気だそうです。「5年ほど前までは、個人が制作するインディーズのソフビが人気でしたが、最近はヴィンテージ・ソフビの人気が高まっています。特に、海外からのコレクターの間で、日本の古いソフビに対する関心が高まっています。インディーズのソフビを集めていた人が、その原点ともいえるヴィンテージの魅力に気づいたのだと思います」
ヴィンテージ・ソフビを紹介する日本人コレクターのSNSやYouTubeの影響で、新型コロナ・ウイルスのパンデミックによる巣ごもり期間中に、アジア圏のインディーズ・ソフビのコレクターたちにヴィンテージの存在が知れ渡ったようです。
「ヴィンテージ・ソフビに関しては、海外のお客様は、これまではゴジラやウルトラマンなどのメジャーなキャラクターのソフビを購入される方がほとんどでした。でも、今は無版権ソフビやマイナーなヒーロー、レアな彩色バージョンのものなど、よりマニアックでドープなものの人気が高まっているという印象です。日本人以上に日本のソフビについて熱心に勉強しているのかもしれません。人口が多いアジア圏でコレクターが増えた結果、ヴィンテージの価格が高騰している状況です」
『まんだらけCoCoo』のヴィンテージ・ソフビ売り場の一角
ソフビの人気が世界に広まりつつある中で、日本だけでなく世界中でオリジナルのソフビを作るクリエイターが増えています。ソフビのトイ・コンベンションも世界各国で開催されるようになり、ソフビは国際的なカルチャーへと発展してきているのです。『まんだらけCoCoo』では、そうした世界中のクリエイターのソフビを見ることができます。とくに注目の作品を店長・藤田さんにあげてもらいました。
「海外のソフビとして近年人気なのは、台湾の『撈魚紙』です。日本よりも台湾で人気が高く、台湾を代表するソフビ・アーティストで、作風も独特です。また、同じく台湾のアーティストである『LEMAO TOY』は、自国のキャラをオマージュするなど台湾色の強い独特な造型がカッコイイです。無版権怪獣のヴィンテージ・ソフビのオマージュも面白いものが多いです。アメリカだと『Creature Bazaar』の作品は、個人的に私が好きなジャンルのラインナップが多いです」
LEMAO TOY「RALF」(2024)
中国のクリエイターの台頭も著しく、『Kollectron』は日本のヴィンテージ玩具にインスパイアされたマニアックな作風が印象的です。また、上海にある『Crisis』というソフビ専門ギャラリーは、世界中のソフビ・クリエイターとコラボしてユニークなソフビを発信し続けています。
Kollectron「Space Dino」(2024)
Crisis Gallery「Hand Puppet」(2024)
いまや毎日のように世界のどこかで新しいソフビが生み出されているのです。
では、膨大にあるソフビの中から、初めてソフビを買うとしたら、まずは何を買えばいいのでしょうか。
「ソフビは、予備知識がなくても楽しめるのが魅力です。面白い形だなと思ったものを直感で選んで、コレクションを始める人が多いですね。個人制作のインディーズのソフビは、日本のソフビ専門店でしか買えないものが多いです。だから、まずは店頭で見て直感で、手ごろな価格のものを選んで買ってみてください。そしてそのメーカーのことを検索して調べて、そのメーカーの別のものを買ったりしているうちに、ソフビの魅力にはまっていくはずです」
いまや「SOFUBI」という言葉は、国境を越えて通用する国際語としてSNSで使われ始めています。約60年前に東京のメーカーが生み出したソフビ怪獣人形は、子供のおもちゃから大人のコレクションへ、そしてアーティストやクリエイターの作品へと発展し、日本を飛び越えて世界中で愛されるユニークなカルチャーへと成長しつつあるのです。