1980年代から2000年代初頭に日本の若者達の間では定番のガジェットだった、カセットプレイヤー。カセットで音楽を聴くという今では珍しい音楽鑑賞行為と、まるでおもちゃのようなポップなカラーとデザインが、時を経た今“コミカルデバイス”という新たなカルチャーとして注目を集めています。その最前線に迫ります。
スマホがなかった1980年代から2000年代初頭において、音楽を外で聴くことができたのは、カセットプレイヤーやCD・MDプレイヤーといったポータブル機器だけでした。当時は「ソニー」や「パナソニック」「ケンウッド」などといったあらゆる電機メーカーからポータブル機器がリリースされていて、これが当時のファッション雑誌でこぞって紹介されていました。
1990年代のファッション雑誌に掲載されていたカセットプレイヤーの記事や広告。
「その中で特にファッション感度の高い若者の間で定番だったのが、ソニーの『ソニースポーツ』とパナソニックの『ショックウェーブ』。カラフルなカラーリングに、個性的なルックス、なによりポップでクールなデザインは、ストリートファッションに身を包む若者を巻き込んで、ファッションアクセサリーのような存在でしたね」。そう話すのは、当時のポータブル機器を現代によみがえらせカルチャーとして発信している1980年代生まれの『スタビリティ』を運営する下嶋一洋さん。
「当時は、音楽と若者のファッションやライフスタイルというものがすべてつながっていました。例えば、ヒップホップを聴いている人はBボーイスタイルでしたし、パンクが好きな子はライダースジャケットを着ていたといったように。いわばどんな音楽が好きかによって、その人のセンスが問われた時代です。そしてあの頃は、最先端の情報を得るには雑誌しかありませんでしたし、雑誌に載っているものがすべてでした」。
『スタビリティ』は、世界各地に眠っているガジェットを集め修理・カスタムし、新たな価値をつけて展開しているブランド。「若い頃によくカセットテープで音楽を聴いていたんですよね。それで懐かしくなって、今もまだあるのかなって調べたんですけど、全部壊れていたんです。でも人間が作ったものが壊れてるんだから、人間の力で戻せるだろうと思って、手探りで修理してみたんです。するとすんなり修理できて(笑)。これが『スタビリティ』の始まりです。それから修理して販売するだけでは個性がないなと感じて、カスタムすることで新しいものに変換させることもスタートさせました」。
壊れていた『ソニースポーツ』のカセットプレイヤーを修理する下嶋さん。
ロサンゼルスを拠点に「Stones Throw」にも所属するプロデューサー/ビートメイカー、Knxwledgeさんもビートメイクのヴィンテージ機材として購入されるほど修理技術は信頼されています。
そのラインナップはカラフルかつポップで目を引くものばかり。「僕はヒップホップカルチャーに影響を受けて育ってきました。なのでヒップホップカルチャーの匂いを感じられて、なおかつ“おもちゃ以上、本格オーディオプレイヤー未満”なガジェットを“コミカルデバイス”と名付けて取り扱っています。当時のガジェットって、デザイナーのやりたいことや個性が落とし込まれていて、その熱意がプロダクトデザインに表れている。売れる、売れないではなく、やってしまおう!のチャレンジ精神がおもしろくて、現代にはないデザインで魅力的なんだと思います」。
下嶋さんがそう話してくれたように、合理性を求められる現代にはないデザインが海外の人や若い人からも支持を得ているのではないでしょうか。
アウトドア・スポーツシーン向けにリリースされ、“ソニスポ”の愛称で人気集めたソニーの『ソニースポーツ』のカセットプレイヤー。イエロー×グレーのカラーが定番で、カセットデッキなどもリリースされていた。 (左)19,000円、(右)32,000円
1990年代後半にリリースされていたパナソニックの『ショックウェーブ』シリーズ。タフなデザインに、迷彩パターンのデザインなど、他メーカーとは一線を画したラインナップは若い世代を中心に当時、大人気を集めました。(上)29,000円、(下)16,000円
「デザインや熱意もそうですが、僕は機械的なスイッチも好きで。カセットプレイヤーのスイッチをガッチャンと押すと、中の機械が動き出したり、音が聞こえてきたりして、この五感を通じて楽しめるのもいいですよね。スマホで音楽を聴いてると、この感覚は味わえない。そしてこの時代のカセットプレイヤーは、作りがシンプルなので修理もそこまで大変じゃないんです。かたやCDやMDプレイヤーの作りは複雑で、パーツも消耗品が多いのでなかなか難しい。何よりカセットは今また世界的にレコードのように新作がリリースされていることもあって、『スタビリティ』の活動を続けています」。
過去のポータブル機器を修理するだけではなく、下嶋さんが影響を受けてきたヒップホップカルチャーのサンプリングマインドをもってして、新しく価値あるものとしても提供しています。それが当時の機器をカスタマイズしたオリジナルグッズです。
「1990年代後半に登場し大きな話題を呼んだ初代『iMac』は、パソコンとして使える代物ではないですけど、このデザインは今見てもカッコいいですよね。それならばインテリアとして使えたらいいんじゃないかと、ディスプレイにカスタマイズしました。他にも“ソニースポーツ”からリリースされていた水中カメラをスピーカーにしてみたりもしています」。
ビデオカメラを水中でも撮影できるようにとリリースされていたビデオカメラ用防水ケースに、スピーカーを内臓しカスタマイズ。なんとレンズ部分から音が出ます。Bluetooth機能なのでとても便利でオシャレです。(上)29,000円、(下)42,000円
「このインプットデバイスをアウトプットデバイスに変換したアイデアは、海外のお客さんや当時を知らない若者には新鮮なようで、おもしろがってくれますね。そして興味を持ってくれる海外の方は住んでいる国で反応が違い、アメリカの方は自分にとって必要か不要かを考えていて、古いものを大切にしたいと考えるフランスの方は日本人に近い反応。アジア系はコレクターの方が多いですね」。
当時とは違う使い道をカスタマイズで付与することで新しい広がりを見せる“コミカルデバイス”。まさに過去と今がつながる点においても、カルチャーとしてより広がっていく可能性を感じます。
このように当時を知る人からの支持だけではなく、新しい世代や海外の人にも受け入れられ、カルチャーとして育っている“コミカルデバイス”。下嶋さんは“コミカルデバイス”をカルチャーとしても広めるため、全国各地でポップアップを開催しています。2024年は40回以上も行ったのだとか!? 現在は、新宿マルイメンズ館で『REBOOT BRAINS』と題されたポップアップイベントを開催しています。会場では、コミカルデバイスに限らず、1980年代から2000年代の日本の雑誌や海外映画のVHSなどを展示・販売。下嶋さんと同世代で雑誌と映画に魅了されたという『リピト・イシュタール』の田中かずやさんと『チューンレスメロディ』の堀田勇人さんの3人で手掛けています。
『スタビリティ』ではヴィンテージのポータブルカセットプレイヤーをはじめ、カスタマイズされたガジェットが多くディスプレイされている。
「1990年代のジャパンカルチャーは僕にとっては、今とは全然違うものでした。もっとカテゴリーが少なくて、そして太かった。今は情報が多いがゆえに細分化されすぎているように感じます。どちらがいい時代かはわかりませんが、僕が影響を受けたカルチャーを通じて、誰かの役に立ったり幸せにできたらいいなと思っています」と下嶋さん。最後に、今後の展望をお聞きしました。
「僕のやっている活動ってストリートに根差したものなんですよね。それで2024年はいろいろな場所でポップアップをさせてもらったのですが、この経験を踏まえてもっと自分の世界観を表現したいと考えています。例えばキッチンカーのように車を丸ごとショップにして移動店舗にしようかなと。さらにいつかは日本を飛び越えて海外にもいきたいです」。“コミカルデバイス”を海外でも展開していきたいのだそう。
時を超え、国境を超え、今なお影響を与える1990年代のジャパンカルチャー。また新たな輝き放ちコミュニケーションツールとしても広がっているガジェットの可能性に、この機会にぜひ触れてみてはいかがでしょうか。
1981年、福井県生まれ。人気アウトドアブランドに勤務したのち、独立。2022年に「スタビリティ」をスタートさせ、“コミカルデバイス”という独自のジャンルを発信する活動を精力的に展開している。
Instagram:stability_turn
1980年代から2000年代初頭にかけてのジャパンカルチャーを育んできたアーカイブアイテムが並ぶポップアップイベント。2025年6月15日(日) まで、東京・新宿マルイ メンの1階イベントスペースで開催中です。